3-5 この店から脱出しなければ
「そんな小賢しいからくりに記録しても、ものの役にも立たんぞ」
「祖父も同じこと言ってましたね。結局、最後は使ってましたけど」
時代の趨勢というやつだ。「あると便利」から「ないと困る」になってしまっている。
「電池切れで右往左往していたではないか。この程度の道順、昔の者ならそらで憶えた。おのれに自信が無いからそんなものに頼る。
いっそのこと手回し式の発電機でも持ったらどうだ。いちいちコンセントを探すのも煩わしかろう。ゼンマイと組み合わせたヤツはおすすめだが?」
ゼンマイで発電機を回し、一体化した電池に充電しておくものだとか何とか。自動巻きも搭載しているので、持って歩くだけで充電出来ると豪語していた。
土間の壁に設えられた巨大な
「要りませんよ、そんなアナクロ」
ようは充電し忘れなければ済む話だ。そもそも手持ちの現金はあまり持ち歩かない。大半はスマホかカードで決済するし、この店がそれに対応しているとは到底思えなかったからだ。
不意に、にゃーと声がして振り返って見れば足元に猫が居た。とらしまの毛皮で随分と毛並みが良かった。間違いなく飼い猫だろう。
「む、ニケか。今日は煮干しはないぞ。おまえが来るとろくな事がない。とっとと失せろ」
そう言って小脇に抱えた壺から何かを摘まんでぱっぱと猫に振りかけた。いつの間に用意したのだろう。よく見れば壺には「塩」と書かれてあった。
だがニケと呼ばれた猫は振りかけられたものをひらりと避けると、上がりから居間に上がり込み、潜望鏡の生えた件の機械の上にぴょんと飛び乗るのである。
ぎこちないブリキ細工の動作などものの数ではなかろう。機械の上で丸まって、再びにゃーと鳴いた。どこか得意げにも見えた。
「こら!そんな所に乗るんじゃないっ」
あからさまに慌てたロボットが掴みかかろうとしたのだが、とらしま猫は伸ばした腕をするりとくぐり抜けた。そしてその空ぶった指先がこつんと機械に当たり、一本の真空管がポロリと外れて落ちたのである。
その瞬間、ロボットはピタリと動きを止めた。腕が空ぶった格好のまま完全に固まってピクリともしない。
「あの、どうしました?」
声をかけても返事はなかった。
ロボットの代わりにニケがにゃーと応えている。テレビではバラエティ番組が終わってCMが流れている真っ最中だが、それ以外は何の反応もなかった。画面に合わせてぴくぴく動いていた潜望鏡も、このロボットと同じく完全に沈黙したままだったからだ。
ひょっとして、いま部品が外れたせいか?
もしかしてもしかすると、この機械は送受信機的なものなのだろうか。コレで遠方からの電波を受けてロボットに送信している、とか。そういや屋根に歪なうずまき的なものが回っていたなと思い出した。
アレがコレのアンテナだった、とか。だとするとこのロボット、着ぐるみじゃなくて遠隔操縦ってコトなのか?だったらこれはちょっと見くびっていたな。
触るなと言われたので迂闊に触るのもどうかと思い、操縦者がやって来ないものかと待ってみた。親切心で手を出して怒られるようでは割に合わない。操縦者が居るのなら止まってしまったコトには気付いたはずだ。
僕は上がりに腰掛けて待った。とらしま猫はとことこと歩み寄って来て僕の膝の上に乗り、いまは丸くなって目を瞑っている。背中を撫でると規則正しい呼吸が伝わってきた。
五分経っても何も変化がなかった。見るともなしに見ていたテレビも、急にぱちぱちと明滅した後に唐突に電源が落ちて、物言わぬ暗い画面に成り果てていた。どうやらゼンマイが切れたらしい。
部屋の蛍光灯も同時に切れてしまったが、今日はよく晴れているし窓の大きな部屋なのでほんの少し薄暗くなった程度だった。喧噪らしい喧噪がすっかり無くなってしまって、耳が痛くなるほどの静寂があった。
さらに五分ほど過ぎた。
誰も来ないな。
欲しい物ももらったし、代金も支払った。このまま此処を立ち去っても文句を言われる筋合いではあるまい。
だがこの状態で挨拶も無しに店を出るというのはどうだろう。横柄だったが、それでも対応してくれた
「・・・・」
要はこの機械が元通りになれば良いのだろう。
仕方がないので居間に上がり込み、「部品を差し込むダケですからね」と大きめの声で断りを入れた。
聞いているのかどうかは分らない。でも一言断りを入れたのだから筋は通せたのではなかろうか。そして外れていた真空管を拾い上げ、付いていたと思しき場所にブスリと差し込んだ。その途端である。
「そこはお前の座る場所じゃないっ」
叫ぶ声と同時に、空ぶった腕が勢い余って僕の頭の上を通り過ぎていった。
微かに髪をかすったので、あと少し腕が下だったら直撃していたに違いない。危ないところだった。そしてすぐさまロボットの頭が一八〇度ぐるんと回り、僕を見つけて怒鳴りつけてくるのだ。
「や、きさまっ。いつの間にそんな場所に。勝手に上がり込むな、その機械に触るなと警告したはずだ」
がなり立てるスピーカーの音が割れて耳が痛かった。数秒前までの静けさが嘘のような騒々しさである。
「ちょっと待ってください。部品が外れたんで付けてあげただけじゃないですか」
「何処に外れた部品がある。嘘八百並べるな」
「それをくっつけたんだから当然でしょう。それに一言断ったじゃないですか。直したのだから怒られるのは筋違いですよ」
必死になって弁明したのだが、「問答無用」と箱形の腕が振り下ろされた。
咄嗟に飛び退くことが出来たのは自分でも僥倖だと思った。
どすん、と大きな音を立て畳がヘコみ、端が反り上がって折れていた。冗談じゃない、やめてくれ。畳がくの字にヘコむ程の勢いで殴られて、健康で居られるほど僕の身体は丈夫じゃない。
「信賞必罰、厳格無比、天罰覿面。禁を犯してそれを見逃すは法治の綻び、後顧の憂いとなりかねん。駄目だと言われたことに何故に手を出すかこの痴れ者がぁ!」
激昂したブリキ細工のロボットは数歩後退って助走を付けると、そのままドロップキックを繰り出してきた。この狭い部屋の中でよくも実行できたものである。
だが巨大な鉄の塊は、思わずしゃがんだ僕の頭上を擦り抜けてガラス戸を打ち破り、土間の彼方へ。オーバー・ザ・レインボウならぬオーバー・ザ・土間だ。
色々なモノががらがらと立て続けに荷崩れて崩落してゆく物音が聞えた。随分と盛大に自爆をカマしたものだ。
大仰な技のわりには命中精度が極めて低かった。こっちは足がすくんで、ただへたり込んだだけなのに。
もっとも、アレが命中していたらケガじゃ済まない気がするけれど。
「おのれちょこまかと小賢しい」
割れて吹き飛んだガラス戸はもう完全に外れて無くなって、居間から土間まで筒抜けになっていた。
只でもベコベコだった外板はさらにヘコみが追加されていた。特に頭の辺りのヘコみ具合が非道い。丸太か何かが追突したかのようなヘコみっぷりである。
ひょっとしてあのロボットがあそこまでぼこぼこなのは、以前にも同じようなことを繰り返した結果なのでは。
この激昂っぷりも実は日常茶飯事なのかも知れない。
だが今はそれどころじゃあなかった。何とかこの場を納め、無事にこの店から脱出しなければならないからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます