1-5 皮肉屋を気取って

 週末の町は思いの他に賑わっていた。


 町の中心とは言うものの、大手の総合スーパーマーケットと大手のディスカウント店とが隣接する周辺に、飲み屋や食堂、コンビニなどがひしめきあった寄せ集めの一角と言った方が正しかった。

 幾つかの企業がこの地に工場を建設し、それに伴って工業団地が出来たついでに、その需要を見込んで寄せ集まった即席新興の繁華街なのである。


 ちなみに、急行も止まらない小さな駅の周囲がかつての商店街であり繁華街であったらしいのだが、僕は立ち寄る者を見たことがない。

 この辺りは誘致した企業の流通のために商業道路の整備が行き渡り、列車を使うよりもクルマを使った方が余程に交通の便が良い。この近辺はまずクルマ在りきの生活なのである。


 なので僕もよく上司などから免許を取れとせっつかれているのだが、生憎通勤や買い物も自転車で事足りるので特に欲しいとも思わなかった。自転車は駐輪場があれば事足りるし、手間も要らない。

 だがクルマともなれば車両代金以外に各種税金から始まって、駐車場代だの維持費だの保険だの、煩わしいものが雪だるま式に増えてゆくのである。


 現時点で不満など何も無いのに、何故苦労を背負い込まねば為らぬのかと思うのだ。


 そしてこの現状もクルマと同じだ。

 何故望んでもいない場所で求めてもいない役割を演じ、その中でやり甲斐などを見つけ出さなければならないのか。不毛過ぎるにも程がある。


 欲しいモノはソレではないし、願った未来はコレジャナイ。なのにソレは必要なのだぞと、周囲からは詰め寄られるのである。


 僕は生活をする為に仕事をしているのであって、仕事の為に生活している訳ではないと、そう信じているのだ。


 でも現実は全然違っていた。

 仕事をするだけで日々精一杯で、それ以外のことは何も出来なかった。

 ズルズルと、煩わしい様々なモノに引きずられて毎日が過ぎて行く。だから信じていると言うよりも、そう信じたかったという方がより正しいのかもしれなかった。


 仕事を終え疲れ切って帰れば、後は食事と風呂とを済ませ、少しスマホを弄って眠りについた。

 充電すら忘れて寝堕ちることもしばしばだ。最近はTVすらろくに見ていない。見たいと思う気力すら湧いて来ないからだ。

 週末となれば少し寝坊して日々の延長で何となく休日を過ごし、明けて再び仕事の日々が始まるのである。


 もうどれくらいオーボエを触っていないだろう。


 入社したての頃は腕が鈍らないようにと日課にしていたが、隣の部屋から騒音迷惑と怒鳴られて以来、すっかりケースから出さなくなってしまった。

 この小さな町では演奏のためのスタジオなど望むべくもなく、共に音を演じる者もまた皆無だった。




 とぼとぼと夜道を歩いた。


 見上げた空には星が一つも見えなかった。曇っているのか、それとも周囲のネオンが眩しくて紛れてしまっているのか。それでも店を離れたら周囲はあっと言う間に真っ暗になった。


 遅くまで営業している店の回りだけはささやかな賑わいを見せているが、一歩その場を離れれば、街灯どころか信号機すらもまばらな閑散とした闇夜だ。

 道沿いに郊外へ向けて五分も歩けば、ビックリするくらい簡単に、ただっ広い田園のただ中へと踏み込むことになる。


 素っ気なくって闇の深い、田舎の夜の佇まいだった。


 ひとり、ただ歩き続けた。


 田んぼを左右に切って分けるように、ただ愚直に真っ直ぐ走る、かなり広めの広域農道だ。片側の歩道はかなり広めで縁石で仕切られていて、踏み外す心配はなかった。


 月も星も出ていないがボンヤリとした曇り空が地面よりも幾分明るくて、それが微かに歩道と車道との区別をつけてくれていた。辺りに目印は無いけれど、この道をひたすら歩いて、ドン突きにある丁字路を右に曲がれば毎朝通勤している見慣れた道に出る。


 ハッキリ言って迷い様がなかった。ただ一時間ほど黙々と歩く羽目になるけれど。


 数キロ先の信号が見えた。ソコが取敢えずの目的地だ。それ以外は何も無い夜の世界だった。街灯どころか民家すら見当たらず本当に何も無い。

 真っ黒で、平面と沈黙を気取るスカした田んぼが拡がっているだけだ。


 素っ気ないと言えば良いのか、それともコレが本来の夜だと言えば良いのか。


 そのくせ遠くに見えるパチンコ店のネオンは無闇やたらとケバケバしくて、それがまるで唯一の文明社会の象徴のように見えるのが笑えた。


 周囲には足元を照らしてくれる街灯どころか電信柱すらない。正に周囲はキロ単位で真っ暗なのである。歩く場所だってよく注意して見ていないと、道を外れて田んぼに踏み込んでしまいそうだ。


 忘れた頃に傍らを結構なスピードでクルマが通り抜けて行った。

 真っ暗な道を歩く者にとっては危なっかしい存在だけれども、それでもこの漆黒の世界を切り裂くサーチライトはせめてもの文明の証だった。


 後ろを振り返れば、先程逃げ出してきたこの辺り唯一の繁華街の明かりが見えた。


 更にその向こうには、工場の照明にライトアップされた煙突の煙が見えた。

 きっとあの会社は二四時間操業しているに違いない。あそこで働いている方々、ご苦労様です。夜勤だなんて僕には絶対無理、考えただけでもゾッとする。よく頑張れるものだなと感心するのだ。


 ご立派な道路や工場はあるけれど、どうにもこうにも味気ない風景だった。夜で周囲が見えないから尚更だった。むしろこの特徴の無さこそがこの町の特徴、などと、皮肉屋を気取ってうそぶきたくも為るのだ。


 でもこうして何も無い夜道にたたずんでみれば、確かにそうなのかも知れなかった。

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