3-3 ペダルは、異様なまでに重かった

 店内は薄暗くて、天井から笠付き丸形の蛍光灯が一つだけぶら下がっていた。じーと小さな音を立てている。広い土間がありソコが商い用の場所のようで、その奥には曇りガラスの引き戸で仕切られた上がりが見えた。


 ふとデジャヴを感じて、何だろうと小首を傾げたら最初に夜道で迷った時に出会った雑貨店だと気が付いた。やはりこの手の昭和的な佇まいがこの界隈のマストらしい。


 少しだけ開いた引き戸の奥から、やはりテレビと思しき声が聞えていた。だがそれ以外には何の返答もなかった。店内には何だか意味の分らないガラクタが積み上げられていて、本当に何の店なのか皆目見当が付かなかった。


 しばらく待っても何のリアクションが無いので、もう一度大きな声で「ごめんください」と叫んだら「聞えてるよ」とすぐ真横で返事があった。いきなりだったので思わず仰け反り後退ってしまった。

 居るなら居ると言って欲しい、びっくりするから。


 ガラクタの一部がごとごとと動き始めて、ギチギチと金属の軋む音を立てながら僕の目の前に何かが立った。それは昨今ちょっと見ない、僕が生まれるよりも前のおもちゃ屋に置いてあるような古くさい箱形のロボットだった。


 いや、辛うじて人型をしているのでロボットだと思ったけれど、実は歪んだブリキの箱を適当に積み上げた前衛的なオブジェなのかもしれない。

 あちこちにサビが浮いているのが見て取れるし、胸や目玉と思しき場所にあるランプはいくつもあったが、切れていたり割れていたり配線が飛び出していたりしていたからだ。


 屋根にも不格好な針金の渦巻きがぐるぐる回っていたし、ここはひょっとしてリサイクルショップなのだろうか。

 或いはスクラップやガラクタを美術品だとか言い張って売りつける、ぼったくり系統の怪しげな店なのかも。


 前者なら兎も角、後者だったらイヤだなと思った。


「なんの用かね」


 くぐもった横柄な声が響いてくる。スピーカーは胸の辺りに仕込まれているようだった。コレが店員なのだろうか。この中に誰か入っているのか、それとも店の奥からリモコンで操作しているのか。


「看板にスマホの充電と書いてあったので、その・・・・」


「なんだ、充電の客か」


 舌打ちにも似た物言いの後に、ブリキ細工のロボットは店の片隅から前輪の無い自転車を引っ張り出してきた。

 そして壁際にある棚の中から、火ばさみみたいな指先で器用に蓋の付いた金属の箱を取り出して差し出し、「好きなケーブルを使え」と言われた。開けてみれば充電用のケーブルが何種類も入っていた。各社対応ということらしい。


「自転車の後輪に発電機が付いていて座席の下にあるコンセントに繋がっている。これで好きなだけ充電しろ」


 そして使用料は一時間一五〇円(税込み)だと言われた。思わず目が点になった。


「え、ひょっとして僕がこれを漕いで発電しろってことですか」


「当然だ。自分のことは自分でする、社会の常識だ」


 いやそれは確かにそうだけれど、別に僕は此処でスポーツジムのまね事をしたい訳じゃない。出来ればお家のコンセントを貸して欲しいと頼んだら、「電気をなめているのか」と言われた。


「電気は発電所で造られるものだが、発電機を回して初めて手に入るもの。石油を燃やしたり水が流れる力を利用したり原子を分裂させたり、様々な工夫とそこで働く人達が居てその恩恵を甘受できるのだ。

 血と汗と涙とオイルの結晶だ。一朝一夕で出来上った仕組みでは無い。

 だというのに、どいつもコイツも金さえ払えば容易く手に入ると思っている。ケシカラン話だ。電気はもっと神聖なものだ。無ければ社会は崩壊し、人類文明は石器時代にまで逆戻りするというのに、誰も敬意を払おうとしない。

 恥ずかしいと思わないのか!」


 びしりと拳を突き付けられた。

 本当は人差し指を指し出したかったのだろうけれど、悲しいかな、このロボットの指は弧状に曲がったマジックハンド的のものが二本付いているに過ぎない。ここで指させないのは口惜しかろうな、と思った。


 そして「ああ、電気さま」と叫ぶと天井の片隅を仰ぎ見て、両手をガンガンと打ち合わせた。すると鴨居の辺りにあった戸棚が観音開きにぱかりと開き、けたたましいサイレンと共に赤や黄色の回転灯が回り出して、「ハレルヤ」のコーラスが鳴り響き始めるのである。


 驚くと同時に愕然とした。

 電気関係でよく見かける虎縞柄で塗装された観音扉の奥には、大柄なブレーカーと「電気様」と書かれたお札が備え付けられていたからである。


 この場面どこかで見覚えがあるなぁ。ああそうだ、確か人食いコタツが出てくる映画じゃなかったっけ?


 叔父が八〇年代の古い映画を集めていて、以前僕も幾つか見せてもらった。殆どうろ覚えだがその中にあった気がする。多分、その映画に触発されているんだろう。

 コレクションは大抵DVD化されていないものばかりで、VHSのデッキを借りるか、叔父の家で見せてもらうかだった。どれもこれも微妙な内容でシュールなノリの作品ばかりだった。もしかするとこのロボットは叔父と気が合うかも知れない。


 ひとしきり賛美のコーラスと警報音が鳴り響いたあと、観音扉はぱたんと閉じてようやく元の静けさが戻って来た。ロボットは居丈高に睥睨へいげいしている。


「肝に銘じろ。電気様は天におわし地に我らあり。世は全て事もなし。電気様への感謝なくして幸いは無いと知れ」


 ずいぶん熱いロボットだなと思った。


 いや、この中の人がというべきなのか。

 確かに大筋で言ってることに間違いはないが、こんなベコベコに凹んだブリキ型ロボットに諭されるのは何か釈然としなかった。

 それにハレルヤはちょっと違うだろう。それはキリスト教的な言葉じゃないのかなと思うのだが、無粋なツッコミなので黙っておいた。


 それにここで口論しても仕方がない。大事なのはスマホを使えるようにすることだ。なので諦めて「コレお借りします」と一五〇円払って、ケーブルとスマホをつなぐと自転車のサドルに跨がった。


 そして何故かそのペダルは、異様なまでに重かった。

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