6-3 満面の笑みを浮かべた

 コレってどういうシチュエーションなんだろうな。


 僕は隣り合って座る村瀬と蔵本さんとに、向かい合うようにして座った。目の前のテーブルにはそれぞれが頼んだ珈琲が三カップ。そして中央には特大のピザが一ホール鎮座していた。


 呆気にとられて断る機会を逸し、何だかうやむやの内に手頃な喫茶店に連れ込まれた。挙げ句の果てがコレである。傍らの村瀬も「何故」と、言葉に出来ぬ疑問を顔に貼り付けたまま、チラチラと隣の蔵本さんに視線を投げていた。


 間違いなく居心地が悪いのだろう。しかしソレは僕も同じだ。

 このところ村瀬とは終始ギスギスとしたやり取りばかりで、どう控えめに見ても良好とは言い難い関係だったからだ。吉原作業長も気にしているくらいだから、分ってない筈もなかろうに。


「たまには俺たち若い連中だけでつるむのも悪くないだろう。二人の仲良しチームに俺も加えてくれよ」


 あ、駄目だ。何も見えてないし、何も分っていない。


 それともひょっとして知っているからこそなのか?無知を気取りつつ仲を取り持とうとか、そういう年長者の気配りみたいなものなのか?それはそれでありがた迷惑なのだが。


「お前や村瀬はよく下駄さんに連れられて飲んでいるみたいだが、生憎俺は下戸でな。全然お呼びがかからない」


 そう言ってケラケラ笑いながら、ピザを一切れ摘まんでパクついていた。「熱いうちに食え」と言われたが「はあ」としか返事が出来なかった。蔵本さんの意図が全然まるで見えて来ないからだ。


 それに下戸だからお呼びが掛からないなどと言うが、同じく全く飲めない加賀はたまに那須山さんに連れられて食事に行っている。単に相性の問題だと思うのだが、ここで口にするほど僕もスカタンじゃない。


 そしてしばらく取り留めのない雑談が続いたのだが、やがて「どんな彼女なんだ」と切り出されて、嗚呼そういう事かと溜息をついた。仲を取り持つ云々はタダの穿ち過ぎ、僕の過大な思い込みだったようだ。この人はやっぱりこういう人なのだと溜息に溜息を重ねた。


 まぁ確かにこの町には娯楽は少なくて、噂話に目聡くなるのも分る気がする。でも、さして親しくもない相手のプライベートを、面と向い根掘り葉掘り聞こうとするのはどうだろう。控えめに見てもスマートとは言い難い。

 自分がされて嫌だと思う事をしてはいけません、そんな風にご両親から教わらなかったのだろうか。


 まったく、躾の行き届いてない中学生や高校生じゃあるまいし。小学生でも気配りの出来る子なら、もうちょっとマシな対応するだろう。


「どうもこうも無いです。そもそも彼女なんか居ないですし」


「彼女でもない女性をコンサートに誘うか?スカしてんじゃないよ、カッコ付けすぎだろ」


 だから、女性を誘ったなんて一言も云ってないでしょう。ペアチケット買ったって話に尾ヒレが付いてるダケですよ、それにコンサートじゃなくてリサイタルです、そう返したのだがまるでてんで聞いちゃ居なかった。


「ごまかすなよ、紹介しろよ。スマホで写真くらい撮ってるだろ。見せて減るモンでもないだろう。何けちけちしてんだ、なぁ村瀬。そう思うだろ?」


 話を振られた村瀬は「はぁ、そうすね」とピザをパクつきながら気のない返事をした。何の感情も見えない表情だった。今此処で話に熱中しているのは蔵本さんただ一人なのである。


 何なのだ、この思い込みの激しさは。


 そう言えば以前残業の最中、こんな仕事をしていると女も出来ないと愚痴こぼしていたな。そうかコレはやっかみか。そう見当が付くと僕も村瀬同様辟易してきた。


「スイマセン、俺は急ぎの用があるのでこれで」


 テーブルに自分の分の代金を置くと席を立った。


「おい待てよ。ちょっと質問に答えればいいダケだろ。一分もかからないだろ」


「蔵本さん、シツコイっすよ。なんでそんな必死なんすか」


「お前までそんなコト言うのか」


 二人の口論を尻目に店を出てそのまま足早に立ち去った。全く以て、つまらない事でつまらない時間を浪費したものである。そして本日何度目に為るのかも分らない、ささくれて重たい溜息をついた。


 二人と別れてフラフラと路地を彷徨った。


 溜息こそ聞こえなかったが、村瀬のうんざりとした様子が意外だった。蔵本さんと一緒に囃し立てるのではないかと思って居たからだ。

 デキ婚となって新居を捜している最中、他人の事など構っていられないという事なのかも知れないが、そこはかとない同情っぽい目配せが何度かあった。


 最後蔵本さんにダメ出ししたのも、ヤツなりの心配りなのかも知れなかった。




 夕刻になり、ふと気付くとまた猫食堂の前に来ていた。


 またかと思うと同時に、流石に三度目ともなればもう戸惑いも無くなっていて、何の躊躇ためらいもなく引き戸を開けた。「いらしゃいマセ」と何時もの妙なイントネーションの声が僕を迎えてくれた。店の中をグルリと見回す。

 でも期待していた人影は無かった。


「お待ち合せデすか」


「あ、いえ・・・・キリエさんは来ましたか?」


「ここ数日お見えになてマセンネ」


 そうですかと答えてカウンターに座ると、日替わりメニューでソーセージ丼はどうですかと勧められた。本日に限り玉子丼より安いのだという。どんなモノですかと聞いたらご飯の上に照り焼きソーセージを乗せ、卵を出汁で溶いたあんが掛かっているのだという。

 興味をそそられてソレを注文した。


「日替わり丼一丁」と厨房に声をかけて僕の手元に伝票を置く。その時になって初めて気が付いた。前足の見事なとらしまの毛並みにだ。

 はっとして給仕の横顔をマジマジと見たらやっぱりそうだ。それは見た事のある顔だった。何で今まで気付かなかったのだろう。


「ニケ?」


 思わず呟いてふと目が合うと、彼女は「にっ」と満面の笑みを浮かべた。

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