2-3 僕は油断していた

「直々に出向いて修正する必要、あるんでしょうか」


 いちいち全ての梱包解くまでしなくても、客からクレームが来た時点で直ぐさま対処すれば済むのではないか。そうすれば、こんな無駄な出張や工数を出さなくて良いではないか。そもそも本棚ひとつにこれ程の手間と出費を重ねるのは、会社の損失ではないのか。


 そんな疑問を口にしたのだが、「とんでもない」と大仰な顔をされた。顔はおどけていたのだが目は笑っていなかった。


「商品や設備が壊れても、交換したり直したりすれば良いだけの話です。しかし人の気持ちはそうはいきません」


 クレームを簡単に考えてはいけない。

 直に買った一般のお客様だけではなく、納品先の客先の信用も失う。二重三重に迷惑をかけるのだと諭された。口調は丁寧だが、小さくない感情の圧を感じた。

 そしてそんな考え方は仕事の質を落とす、あなた自身を貶めると云われた。


「お客様あっての商品であり、そして会社です。どんなに優れた製品でも、不実な会社が作った商品をあなたは欲しいと思いますか。買った後に何があるか分ったものじゃない、そんな物を安心して購入できますか。

 たといフォローされたとしても、次に同じ会社から買いたいと思いますか」


 僕は言葉に詰まった。迂闊な物言いだったと知ったからだ。


「国内での家具や製材、木工製品は、中国や特に東南アジア方面からの輸入品や委託生産品に押され、もはや青息吐息です。先行き暗いですね。

 品質とアフターサービスで立ち向かっても限界があり、遠からず大花田の工場も縮小を余儀なくされるでしょう。本社工場の閉鎖がよい先例です。

 今は建築ラッシュで建材と内装品が悪くない売り上げですが、何時まで持つことやら。大量生産では海外に圧倒的に負けています。少数でも、高い付加価値のある商品を手広く販売しなければなりません。

 小口のお客様を大事にしてこそ活路があるのです。些細なことでも疎かにしてはいけないのです」


 たいそう耳が痛かった。胃の腑の辺りをジワリと握り締められているような感覚があった。


「それに今回、山口課長があなたにこの出張を言い渡したのも、あなたに期待しているからですよ」


「は?」


 思わぬ言葉に随分と素っ頓狂な声が出た。あの課長が?普段の物言いや態度からではとてもそうは思えない。ハッキリ言って返答に困った。


「やっぱり気付いていませんでしたか。手空きの人間は他にも居るのに、完成品検査員のあなたをわざわざ現場から引き抜いて出張させるだなんて、おかしいと思いませんか。あなたの出張中、現場はかなりタイトな作業を強いられます。

 手慣れた人員が一人居なくなるのですから、当然ですよね」


 言われてみれば確かにその通り。その通りなんだけれど、なんか、こう、釈然としない。懲罰とか周囲への見せしめとか、ポカの後始末だとか、そういった意味合いでの出張だと思って居たからだ。


「ははは、確かに罰という意味もあるかもしれませんね。でもそれ以上に経験させるという部分のウェイトが大きいと思いますよ。

 失敗したあとのフォローにどんな人達が拘わっているのか。何をどうやっているのか。どれだけの手間や工数を要するのか。一度体験すれば容易く忘れないでしょう。

 あの方は口も悪いし度量も狭く、見限った相手にはトコトン冷たいですが、人を見る目は確かです。

 あなたに成長して欲しいのですよ」


「あの・・・・何気に酷い物言いではありませんか」


「まぁ、いまの課長評はボクとあなたとの秘密です」


 そう言って渡邉さんは小気味よくウィンクをした。


 問題の出荷先は五件ほどあって、出荷数の多い客先から順に巡っていった。


 一件目は倉庫の中で四七の製品を開梱しても見つかる事は無く、再梱包してその会社を後にした。二件目もまた同様。空振りに終わって徒労感を味わう羽目になった。


 しかし三つ目の客先を回ったときに目的の製品を見つけたのは、運が良かったと言ってよい。まだ百と少しの製品を開梱して再梱包しただけで済んだからだ。

 それぞれの客先にそれぞれ「ご迷惑をおかけしました」と頭を垂れ、僕と渡邉さんは帰路に着くことが出来た。


「一番大口の客先が小売り店に出荷する前で助かりました。ヘタをすれば全国各地から返品手続きを依頼するところでしたよ」


 そんなことにでもなれば、かかる費用は自分達二人の出張費どころの話ではない。早めに手を打てたのは幸いだったと、白髪の御仁は帰りの列車の中で笑っていた。僕はそれにただ苦笑を返すことしか出来なかった。


 自業自得とはいえ疲労が甚だしかった。身体よりも気持ちの方がすり切れ気味だ。自分の会社ではない場所での仕事は精神的にかなりくる。自分のミスが引き起こした商品回収となれば尚更だ。客先にお邪魔しソコの社員とすれ違う度に、白い視線が刺さるような後ろめたさがあった。


 そしてようやく、やっと終わったと僕は心からの吐息を吐き出した。


「疲れました」


「まぁ、良いのではないですか。これも経験ですよ」

「もう二度と御免です」


「それはボクも幾度となく思いましたが、もう馴れましたよ。この旅情も仲間の尻拭いをしたご褒美だと思えば腹も立ちません」


 ははは、と笑う横顔は屈託が無い。そんな渡邉さんを少し尊敬し、と同時に気の毒だとも思った。この人は似たようなトラブルがあるその都度に、駆り出されているのだと知ったからだ。

 自分が渡邉さんの立場だったらどうだろう。とてもではないがここまで達観出来そうにもない。


 その反面僕は何をやっているのだろうと思った。つまらない毎日が続くと愚痴こぼす鼻先でのこの体たらく。とんだ失態である。


 仕事に慣れてきて緩んでいたのだと言われたら全力で否定したい。だがきっと間違いなく僕は油断していたんだろう。


 仕事に慣れた頃が一番危ういと、何時か何処かで誰かに聞いた。その時は軽く聞き流していたが、よもやまさか身をもって知る日が来ようとは。

 過去に戻ることが出来るのなら、一ヶ月前の自分の後頭部をスリッパで思い切りひっぱたいてやりたかった。


 まぁ、もう済んでしまったコトだ。どうでもいいか。


 でも同じようなミスを繰り返す訳にはいかない。仕事は相変わらず面白くはないが、いい加減にしてよいという理由にはならないからだ。

 これからはもう少し自分に厳しくなろうと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る