6-8 寂しげに鳴いた
「この塔の上の猫は見回り猫だ。町に迷い込んできた者を縁呑みさまの元へ案内する役目だよ。その一方この猫が迷い人を招いているのだ、という話もある。だったら見回りというより招き猫だね」
なるほど、それぞれ子細に説明してもらうと意外に面白い。
でもただ一つ、その中で異彩を放つものがあった。宙に白い円盤が浮かんでいて、四角い土偶のような人形が光りに包まれて吸い上げられている絵だ。いや舞い降りている最中かも知れない。
まるでUFOから降り立つ宇宙人のロボットの様にも見える。
「コレは何を描いているんでしょう」
「ん~、ああこれか。何だろうね、宇宙人に連れ去られるロボットかも知れないね。あぶだくしょん、とかいうヤツだ」
「そんな訳ないでしょう」
「ははは。一九世紀の常陸国に
案外行き場が無くなって空からやって来たヒトが、この町に住み着いちゃったのかも知れないなぁ」
「この絵をご神体として祀っていらっしゃる方が、そんなこと
「縁呑みさまは大らかな方なので大丈夫だよ」
そう言ってまたかっかっか、と笑った。でもこの絵は面白いと思ったので、写真を撮って良いですかと尋ねたら「駄目だ」と断られた。残念。
でも確かに、ご神体にカメラを向けるのは失礼に当たるのかも知れない。
「去年のご神体と比べられたら困るからね」
ええと、それはどういう意味なのだろう。ひょっとして毎年違う絵を飾っているのだろうか。でもソレだと祀る意味が無くなってしまうような。それとも毎年お札を交換するような感覚なのだろうか。
でもその割にはこの絵、随分と年期の入った色合いの紙と筆跡に見えた。
どういう意味なんだろう。
重ねて尋ねてみても意味ありげに微笑むだけで、それ以上は答えてくれなかった。
「おや、この人物はキミによく似ているね」
指し示された所には洋服っぽい服装の男性が描かれていた。よく見れば黒い縦笛を吹いている。
・・・・似ているだろうか?小さくてよく分らないけれど。
「ひょっとしてキミは楽器をしているのかな。もしかして縦笛とか」
「あ、その。オーボエという管楽器を吹きます。でも何故?」
「笛や太鼓の
いや、僕の疑問の説明になっていませんけれど。
「キミが今回祭りに参加するのも偶然じゃない。何某かの縁ということだよ。いや、わたしもそうではないかなと思ってキミに声を掛けたんだ」
「訳分りません」
「まぁ深く考えなくてもいいよ。年寄りの世迷い言だと思って忘れて下さい」
そう言ってよいよいのおじいちゃんはまたからからと笑い、僕の疑問を一昨日に放り出して再び格子戸の扉をゆっくりと閉めた。
遅れてきた神主が拝殿に上がり、祭りが始まって祝詞を上げる頃、床の上に正座していた僕はいい加減足が痺れて嫌になっていた。
ふと見れば隣の参加者はあぐらをかいて頭を垂れている。正座でなくても良かったのかと其処で知ったのだが、今更足を組み替えるのも
祝詞が終わり全員への祓いを済ませてようやく祭事が終わると、もう僕の足の感覚は完全に無くなっていた。案の定、立ち上がろうとしてよろめき、あっさり転ぶ羽目になった。
「おいおい、大丈夫かいお兄さん」
苦笑した中年の男性が苦笑しながら手を貸してくれて、「すいません、ありがとうございます」と頭を下げた。
「しかし、こんな所で会うというのも奇遇だね」
そう言って肩を叩かれたのだが、さて、僕にはとんと記憶にない。何処で会った人だったろう。法被を着ているからこの町ゆかりの人、祭り衆の一人である事に間違いはないのだろうけれど。
「憶えてないかい?まぁ仕方がないか。そうだ、またコレを吹いてみてくれないか」
そう言って男性が並べられた奉納品の中から、一つの細長いラッパ状の楽器を取って差し出してきた。
「あの、ひょっとしてコレはチャルメラ?」
「そうだ。一発頼むよ」
いやいや、何で僕はこの楽器を知っているんだろう。初めて見る筈なのに。それにまたって・・・・
「でも、奉納品を奏でるだなんて良いんですか。しかも此処で?」
「祭事も終わって奉納された後の下りものだから問題はない。それに御祭神もキミが吹けば喜んで下さるよ」
押し付けられるように受け取って、コレもダブルリードなのだと気が付いた。
アレ?同じようなリアクション何処かでやったぞ。何処だったろう。タダのデジャヴだろうか・・・・まぁ今はいいか。そしてチャルメラで吹けと言われたら、やっぱりあのフレーズだろう。
勧められるままにリードを咥えて、そのまま奏でた。
ちゃらりーらり、ちゃらりらりらー
愛嬌がありながらも何処か哀愁漂う、耳に馴染んだこのメロディ。
んー、やっぱり何処かで演じたような気がする。吹いたことは無い筈なのに、指は何故か音階を知って居るし。前にテレビか動画で吹き方を見知っていたのだろうか。
ワンフレーズ終えて口を離すと「おおー」と小さな歓声が聞こえて、参加者たちから拍手を送られた。
「良かったよ、お兄さん」
「本当にこんなので良かったのですか」
「バッチリだよ」
チャルメラを手渡すとウィンクが返ってきて、その仕草が妙に板に付いていた。何だか、醤油スープのチャーシュー麺が食べたくなっていた。
三々五々に帰る参加者に紛れて境内を出ると、池を挟んだ向こう側の田んぼに一匹の犬が居た。明るいキツネ色の毛並みなのだが、犬にしては随分と尻尾が大きく見える。鼻先や耳も少し尖った印象だ。
参加者の一人が「狐が居るな」と呟く声が聞こえて、なるほどアレがそうなのか、本当に狐はキツネ色の毛並みなのだなとお莫迦な納得の仕方をしてしまった。
だが口に何かを咥えていた。
何だろうとよく見てみれば、それは祭りの屋台などで見かけるキツネのお面だった。偶然なのだろうが随分と洒落が効いている。じっと動かずにコッチを見ていて、まるで僕を見つめているような感触があった。
僕は立ち止まってしばらく見ていたのだが、やがて狐はポロリと仮面を落とすと「こーん」と寂しげに鳴いた。
そしてくるりと身を翻すと、あっという間に見えなくなってしまったのである。
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