第17話 経緯

「ごめんなさいっ」


 金曜日の朝。

 古賀さんの開口一番の言葉がそれだった。

 話によると、どうやら週末に親戚一同で集まる用事があるのを父親が伝え忘れていたらしく、それで明日の映画を観に行けなくなってしまったとのこと。


「前回のクレープの時といい、本当に……ごめんなさい」


 謝っている古賀さんの顔は今にも泣きそうだった。

 

「仕方ないよ。それに、古賀さんは悪くないからそんなに自分を責めないで大丈夫だよ」


 知らなかったのだから、古賀さんに非は無い。

 それに、行く機会は他にいくらでもある。


 そして、昼休み。

 古賀さんのスマホに父親から電話が掛かってきて、その後、俺と電話を代わって……悪いのは伝え忘れた私だからどうか春華を責めないでほしい、と直接謝罪されたのだった。

 お詫びとして映画代は私が出そうと言われた時は流石に驚いたけど……もちろん丁重にお断りさせてもらった。


 こうして土曜日の予定が無くなったので、家でぐーたらして過ごそうと思っていたのだが……


「……どっか行くか」

 

 適当に買い物でもしようと、この辺りで一番大きなショッピングモールへと足を運ぶことに。

 中をぶらぶらと散策していると、気づいたら映画館の前にたどり着いてしまった。


 ……特に買いたい物も無かったからこのまま帰ろうかと思っていたけど、折角ここまで来たんだし何か観てくか。

 そう思い、俺は一人で映画を観ることにした。

 無論、古賀さんと一緒に観る予定だった作品以外を観るつもりだ。


 チケットを買った俺は、少し早いが中で待っておくことにする。

 あっ……隣の席の人も、もう来て待ってるな。


「……えっ」


 隣の席の人を見た俺は……唖然とした。

 なぜなら、その人が……


「水瀬……さん?」

「……ち、千歳君?」


 生徒達の間で天使様と呼ばれているヒロイン……水瀬秋菜だったからだ。


「ぐ、偶然だね」

「そ、そうですね」


 どこかぎこちない挨拶を交わす。

 いや、ほんとにすごい偶然だ……一体どんな確率だよ。

 

 しかし、そう思っていたのは……


 ……す、すごい偶然です。


 秋菜も同じなのだった。


◇◆◇◆◇


【水瀬秋菜視点】


 土曜日の朝。

 待ち合わせ場所である、映画館があるショッピングモールの近くの広場で悠斗君が来るのを待っていると、不意にスマホに電話が掛かってきました。


「……悠斗君?」


 電話は悠斗君からでした。

 もしかして何かあったのでしょうか……そう思いながら電話に出ます。

 すると、開口一番に悠斗君はこう言うのでした。


「ごめん。今日の映画、行けなくなった」

「……えっ」


 話によると、どうやら体調を崩してしまったとのことでした。


「そうですか……映画の事は気にしないで大丈夫ですので、どうかお大事になさってください。あっ、もし良ければ差し入れを持って行きましょうか?」

「えっ!?」


 そんな事を言われると思っていなかったのか、スマホ越しに悠斗君の驚いた声が聞こえてきます。


「い、いや、流石にそこまでしてもらわなくても……」

「遠慮なさらなくても大丈夫ですよ。よく効く薬を知っていますので」

「い、いや、ほんと気持ちだけで十分だから! 薬なら家に沢山あるし! そ、それに、秋菜にうつしてしまうかもしれないしさ!」


 その後、映画はまた別の日に行こうということになり、悠斗君との電話を終えます。


「……この後、どうしましょう」


 急に予定が無くなったので困ってしまいましたが、折角ここまで来たのだからとショッピングモールで買い物をすることにしました。

 とはいえ、買いたいものや目的地があるわけではないので、そのままぶらぶらと散策していると……


「……」


 いつの間にか、映画館の前まで来ていました。

 このまま目的なく何もせずに時間を過ごすのも勿体ないと思った私は、映画を観て行くことにしました。

 もちろん、悠斗君と一緒に観る予定の綾小路先生の作品以外を観るつもりです。

 チケットを買った私は、少し早いですが中で待っておくことにします。


 そして、席に座って上映時刻になるのを待っていると……ふと、誰かが近寄ってきました。


「……えっ」


 そんな呟きが聞こえた私は、思わず顔をそちらへ向けます。

 そこにいたのは……


「水瀬……さん?」

「……ち、千歳君?」


 クラスメイトの千歳君でした。


「ぐ、偶然だね」

「そ、そうですね」


 どこかぎこちない挨拶を交わした後、千歳君は私の隣の席に腰を下ろしました。

 まさか千歳君と同じ映画を観ることになって、さらに隣同士なんて……す、すごい偶然です。

 

「……」

「……」


 それから暫く世間話をした私達でしたが、やがてお互い無言になってしまいます。

 ……き、緊張します。

 千歳君とは前に図書館で少しお話をしたことがありますが、それ以外でお話ししたことがありませんので、こういう時何を話したら良いのか……


 しかし、そんな不安や緊張は、次の千歳君の言葉でどこかへ行ってしまうのでした。


「あっ、そうだ。この前に図書館で借りた綾小路先生の本読んだよ」

「えっ!? ど、どうでしたか!?」

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