第30話 水瀬秋菜は再び確信する
【水瀬秋菜視点】
「きゃっ」
突然のホラーシーンに驚いてしまい、私はつい思わず千歳君の手を握ってしまいました。
いきなり手を握って千歳君を困らせてしまった……そう思い、私は謝ってすぐに手を離そうとしたのですが……
えっ……
千歳君は私の手を優しく握り返してくれました。
これで少しでも私の恐怖が和らぐのなら……そんな優しさと気遣いが、千歳君の手と柔らかな微笑みから伝わってきます。
「……」
ずっと楽しみにしていた綾小路先生の映画を念願叶ってようやく観ている……それなのに、私の視線はスクリーンではなく千歳君に釘付けになっていました。
そして、その理由を……私は自覚しています。
それは、完全に確信したからです。
彼が……千歳君が、私が恋に落ちたあの時の悠斗君なのだと。
今回、千歳君と一緒に映画を観に来たのは、純粋に一緒に観たいと思ったからと言うのもありますが、確信を得るためでもありました。
ですが、正直……映画が始まる前には、私はほぼほぼ確信を得られていました。
映画館に来るまでの本の感想を話し合っている時の千歳君の姿が、あの時の悠斗君と完全に重なっていたからです。
本を読んでいる時間と同じくらい、あの時の悠斗君と本について語り合う時間が大好きだからこそ、非現実的と理解していながらも確信により近づけたのです。
「……やっぱり。そうだったんですね」
そして今、ようやく確信することができたのでした。
おそらく、千歳君はあの時の事を覚えていないと思いますが、実は私達は前に一度だけ……こうして手を繋いだことがあります。
それは、とある日の図書委員の当番の時のことでした。
本を棚の上の段に戻している途中、私はバランスを崩して転んでしまいました。
幸い怪我はありませんでしたが転んだ時の音が図書館内に響いて、彼が心配そうに駆け付けて私の手を取ってくれたのです。
あの時も今と同じように……彼の優しさと気遣いが繋いだ手から伝わってきました。
そして、私の顔が熱くなり心臓がドキドキと早鐘を打ち始めたのも、あの時とまったく同じです。
男の子と手を繋ぐ……そんな緊張せずにはいられない状況なので、映画に集中できるか心配ですが、それでも私は千歳君の手を離すことができませんでした。
正直、どうしてあの時の悠斗君が千歳君の中にいるのかは分かりませんが、確かに今……彼がそこにいるのは分かっています。
だからこそ、手を離すことができなかった……いえ、離したくなかったのです。
「……」
私はこんなにもドキドキしているのに、千歳君はそんな素振りも見せてくれず映画に夢中になっています。
そんな千歳君を見て、ふと……こんな事を考えてしまいました。
もし今、千歳君に抱きついたら……どんな反応をするのだろうか……と。
勿論、こんな公共の場でそんな事はしませんが、でも……これくらいは良いですよね?
私は千歳君と繋いでいる手に力を入れました。
もう絶対に離れたくない……そんな強い意思を込めて。
「……」
すると、千歳君が私の方を一瞥しました。
どうして力を込めたのだろうと不思議に思ったのかもしれません。
でも、その答えは……まだ秘密ですので、私は答えの代わりに微笑みを返します。
「……っ」
目が合った千歳君の顔が赤くなり、視線を咄嗟にスクリーンに戻しました。
どうして千歳君が照れ隠しをしているのか……それはきっと、私が恋する乙女の表情を浮かべていたからなのだと思います。
千歳君からしたら、突然そんな表情を向けられたのですから当然の反応です。
でも……仕方ないですよね。
だって私は、そんな表情を見せてしまうほど目の前の彼に恋をしているのですから。
大好きですよ、悠斗君……いいえ、千歳君。
これまでも……そして、これからもずっと……
◇◆◇◆◇
【佐藤悠斗視点】
翌日の朝、俺はイライラしながら登校していた。
いや、イライラしているのは昨日からずっとだ。
その理由……原因……元凶は……千歳だ。
何があったのか……何をしたのかはさっぱり分からないが、千歳と夏美の距離が明らかに近くなっている。
昨日、わざわざ夏美から……しかも、他の男子には見せないような満面の笑顔で千歳に話しかけていたのだ。
なんだよ……あれじゃまるで、夏美は千歳のことが……
「いや、違う。それは俺の勘違いだ」
夏美が好きなのは俺だ……俺のはずなんだ。
そして、もう一人……秋菜だ。
秋菜は俺からの映画に誘いを断り、なぜか千歳を誘ったのだ。
マジで何がどうなってんだよ……
そんな事を思いながら歩いていると、気付けば教室についていた。
夏美、秋菜、冬音の三人はまだ登校していなかったが、千歳のやつは既に登校していた。
それから自分の席に向かおうとした時だった。
扉の開く音が聞こえたので振り向くと、秋菜が登校して来たのだ。
俺の方を見るや否や、ぱあっと表情を明るくして近づいてくる。
ふっ……やっぱり、なんだかんだ言っても秋菜も俺のことが……
「おはようございます」
「おはよう、秋──」
「千歳君っ」
「──えっ」
秋菜は俺のすぐ脇を通り過ぎて、千歳のところへ歩いて行く。
今の秋菜は、昨日の夏美と同じく満面の笑みを浮かべていた。
昨日よりも、二人の距離が近くなっているのは一目瞭然だった。
それも、ただ映画を一緒に観に行った……それだけでは説明が付かないほど近く。
マ、マジで一体何がどうなってんだ……っ!?
そして、ふと……俺はこんな不安に駆られてしまうのだった。
ま、まさか冬音も……
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