第15話 恋する乙女は驚愕する

「……ねぇ、千歳君。今、ちょっといい?」


 勉強会の途中。

 不意にそう声を掛けられ振り返ると、そこには予想外の人物が立っていた。


「み、御影さん?」

  

 S級美少女にしてヒロインの御影夏美だった。

 な、なんで? 

 

「突然声を掛けてごめんね」

「う、ううん、大丈夫だけど。どうしたの?」


 最初、御影さんがどうして俺に声を掛けたのか皆目検討も付かなかったが、彼女が問題集を持っているのを見てとある可能性が思い浮かぶ。


「この問題、教えてくれない?」


 ……もしかしてと思ったけど、やっぱりそうだった。

 でも、御影さんの先生役は本来なら佐藤のはず……


 佐藤の方をチラッと見てみると、休憩にでも行ってるのか教室にいなかった。

 篠宮さんも他の生徒に教えてて手が空いていないので、それで他の誰かに教えてほしいと思い俺に声を掛けたのだろう。

 

「分かった。俺で良ければ全然構わないよ」

「ありがとっ」


 嬉しそうな笑顔を見せた御影さんは、隣の席に腰を下ろした。


「ごめんね、突然お願いして」

「ううん、気にしてないよ。でも、どうして俺に?」

「由紀から前回の勉強会で千歳君に勉強を教えてもらったって聞いてね。それで、とても丁寧で分かりやすかったって言ってたからだよ」


 夕凪さんと御影さんは同じ仲良しグループなので、情報が共有されていたようだ。

 

「そっか。なら、期待に応えられるように頑張るよ」


 いろいろと偶然が重なったからとは言え、こうして御影さんは俺を頼ってくれたんだから力になってあげたいもんな。


「それじゃあ、早速始めてもいいかな?」

「うん。よろしくっ」


 そして、俺は古賀さんや夕凪さんの時と同じように、いつも通りの教え方で御影さんに教える。


「この問題は、この公式をこうして……こうして……こうすればこうなるから、後はこうしたら解けるよ」

「…………えっ」


 途中まで真剣な表情で聞いていた御影さんは、不意に驚愕の声を漏らした。


 そしてその後、御影さんは俺を見ながらなぜかこう呟くのだった。


「悠……斗?」


◇◆◇◆◇


【御影夏美視点】


「それじゃあ、早速始めてもいいかな?」

「うん。よろしくっ」


 ……千歳君、どんな教え方をするんだろうなぁ。

 実は、由紀も私と同じで勉強が苦手で嫌いな子だ。

 そんな由紀が千歳君と一緒に勉強した時は楽しかったって言ってたので、私は内心楽しみだった。


「この問題は……」


 そして早速、千歳君が説明を始めたので私は集中して耳を傾けた。


「この公式をこうして……こうして……」


 ……うんうん、なるほど。

 あっほんとだ、すっごく分かり…………


「こうすればこうなるから、後はこうしたら解けるよ」


 …………えっ。


「…………えっ」


 心の声が思わず口から溢れる。


 なんで……どうして……

 勉強を教えてもらった私は……驚愕していた。

 でも、それも当然のことだった。

 だって……千歳君の教え方が、いつもの悠斗・・・・・・の教え方と全く同じだったんだから。


 えっ……ど、どういうこと?

 悠斗が、これまでとはまるで別人の教え方をしたかと思えば。

 今度は千歳君が、これまでの悠斗と同じ教え方をしたのだ。

 

 なにそれ、そんなのまるで……今の悠斗の中にいるのはこれまでの彼とは別の人で、そしてこれまでの悠斗が今は千歳君の中にいる……みたい。

 もちろん、それが非現実的な考えだというのは分かっている。

 でも……


「悠……斗?」


 私は千歳君を見ながら思わずそう呟いてしまった。


「佐藤がどうかした?」

「う、ううん。ごめんね。なんでもないから気にしないで」

「……もしかして、今の説明分かりにくかった?」

「そ、そんなことないよ!すっごく分かりやすかった。千歳君のおかげでちゃんと理解もできたし」

 

 そう伝えると、千歳君は安堵の表情を見せた。

 

「そっか、よかった」

「その……本当にありがと。すごく助かったよ」

「どういたしまして。もし、また分からない問題があったら、いつでも聞いて大丈夫だから。俺で良ければいつでも力になるからさ」

「……っ」

 

 同じだ……あの時と……最初に悠斗に勉強を教えてもらった時と同じ言葉だ。

 その言葉が、先ほど非現実的だと自ら否定した考えに……現実味を帯びさせる。


「……ねぇ、千歳君」

「どうかした?」

「……ううん、なんでもないよ。忘れてほしいな」


 それから自分の席に戻った後の私はずっと心ここに在らずで、気付いたら勉強会はお開きとなっていた。

 

「なぁ、夏美。この後さ、二人きりでどっか行かないか?」

 

 勉強会が終わったので下校の準備をしていると、悠斗からそう誘われる。

 いつもなら、二つ返事でオッケーするはずの悠斗からの誘い。

 でも今は、どうしてもそういう気分にはなれなかった。


「……今日はちょっと疲れたから遠慮するね。それじゃあ悠斗、また明日ね」


 悠斗にそう告げて、私はすぐに下校した。


 そして後日、私は再び悠斗から遊びに誘われることになる。

 その時……私は確信することになるのだった。

 この人は・・・・…………

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