第14話 恋する乙女は頼る

【御影夏美視点】


 私は勉強が苦手で嫌い。

 この高校を選んだのは両親から熱心にすすめられたからだったけど、入学早々に授業内容や周りのレベルの高さを痛感してこの先ついていけるのか先行き不安になって……この高校にしなければよかったかなって思った事もあった。


 でも、それは……彼と出逢う前の……初恋をする前の話。

 それ以降、この高校に入ったことを後悔した事は一度も無かった。

 

 そして、自分でも驚くことに私は……あの勉強嫌いの私が、今では勉強会に自ら参加している。

 勉強が嫌いなのは今でも変わっていないけど、好きな人と一緒に勉強するのは話が別だった。

 都合がよすぎると、自分でも思う。

 でも……仕方ないよね。

 だって私は、恋に素直な……恋する乙女なのだから。


 だから今日も、私は素直に彼を頼る。


「ねぇ、悠斗。この問題教えて?」


 ……真実を知らないまま。


「えっと、どの問題?」

「これこれ、この問題」


 私は教えて欲しい問題を指さす。


「あーこの問題ね。わかった」

「ありがとっ」


 ……ふと、私は先日の由紀とのやりとりを思い出す。


◇◆◇◆◇


 放課後。

 ショッピングモールに遊び来ていた私達は、クレープ屋の近くでクラスメイトの千歳君と古賀さんを見つけた。


「あっ、あれって千歳君じゃん。声掛けて来ようかなー。あーでも、なんか邪魔しちゃ悪そうな感じっぽい」

「あれ、由紀。いつの間に千歳君と知り合ったの?」

「それはね夏美、前回の篠宮さんの勉強会に参加した時にだよ。実はあの時、私ね千歳君に勉強を教えてもらったんだよね」


 あれ、千歳君ってたしか成績かなり悪かったと思うけど……

 でも、由紀の話によると千歳君は教え方がとても上手で、それに難しい問題も難なく解けてたとのこと。

 

「……って、あれ?悠斗は?由紀、悠斗には教えてって頼まなかったの?」


 前回の篠宮さんの勉強会、私は用事で参加できなかったけど、たしか悠斗は参加していたはず。


「佐藤君は……」


 由紀はどこか気まずそうな顔して、言葉を詰まらせる。


 この時、夕凪由紀は慎重に言葉を選んでいた。

 夏美が彼の事を好きだと知っているから。

 自分の発言によっては、親友の夏美との関係に軋轢を生みかねない。

 それだけは絶対に避けたかった。

 

「……えっと、最初は佐藤君に頼もうと思ってたんだけど、千歳君の方が相性良さそうだったからさ」


 確かに、教え方の相性って大事だもんね。

 実際、千歳君に教わって由紀はかなりの手応えを感じたらしいし。


 すると、友達の一人が由紀に向かって言う。


「へぇ、千歳君の教え方は由紀と相性良かったんだね」

「まぁね」

「もしかして、体の相性も良かったりしてね♪」


 体の相……って!


「ち、ちょっと、い、いきなり変な事言わないでよ!」

「あははっ、ただの冗談だって。夏美、顔真っ赤。ほんと、この手の話に弱いよね」

「ねー、経験豊富そうなのにねー。まっ、仕方ないか。夏美、まだ……」

「う、うっさいし!」


◇◆◇◆◇


 ……最後のやりとりは思い出さない方が良かったかも。

 そのせいで、ちょっと顔が熱い。


「……ふぅ」


 私は小さく息を吐いて、熱を逃す。

 

「ん?どうした、夏美?」

「ううん、なんでもない。それより悠斗、早く教えてよっ」

「そうだな。じゃあ、えっと……この問題の解き方は……」


 そして早速、悠斗は勉強を教えてくれたのだった。


 いつもと…………


「こうしてこう」

「………………えっ」


 …………違う教え方で。


 えっ、何……今の。

 これまでの教え方とはあまりにも違う。

 まるで、別人から教わってるみたいだった。


 私は思わず悠斗を見る。

 

「ん?どうした?」


 私の視線に気づいた悠斗がそう問いかける。


「え、えっと……今の教え方……」

「どこか変だったか?」


 ……えっ。

 私は再び驚く。

 てっきり、敢えてあの教え方をしたのだと思っていたから。

 でも、今の悠斗の反応を見るにそういうわけではないらしい。

 余計にわけが分からなくなる。


「う、ううん。変……じゃなかったよ」

「なら、ちゃんと理解できたよな?じゃあ俺、冬音に教えてもらいたい問題があるからさ」

「う、うん。分かった。教えてくれてありがと」


 まったく理解できなかったと言える雰囲気じゃなかったから頷いてしまったけど……悠斗、なんか本当に…………

 ううん、今はそれよりもこの問題をどうするかだよね。

 この基礎問題が解けないと他の応用問題は解けないし。

 でも、篠宮さんはまだ暫くは手が空きそうにないよね。

 

「……あっ」


 その時、私は先日の由紀の言葉を思い出して、とある事を思い付いた。

 目的の人物の元へと早速向かい、タイミングを見計らって声を掛ける。


「……ねぇ、千歳君。今、ちょっといい?」

「み、御影さん?」

  

 私に声をかけられるとは思ってなかったようで、千歳君は驚いた反応を見せた。


「突然声を掛けてごめんね」

「う、ううん、大丈夫だけど。どうしたの?」


 そして、私はを頼るのだった。


「この問題、教えてくれない?」


 ……真実を知らないまま。

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