第37話 失った信用、再び対峙する二人

【篠宮冬音視点】


「さっきは本当にごめんっ!」


 休み時間になった直後、佐藤君が私の席まで突然やってきて謝罪の言葉を述べた。

 クラスメイト達が騒然としながら私達を見る。


 正直、私達が関わることはもう無いと思っていた。

 声を掛けてくることはないと思っていたし、こちらから声を掛けるつもりもないからだ。

 でも、その認識は間違っていたらしい。


「その……さっきは頭に血が上って冷静じゃなかったというか……」

「もういいわ」


 私は佐藤君の話を遮ってそう言う。


 話しかけられた時はとても驚いたけど、今の私は冷静だった。

 さっき、あんな怖い思いをさせられた相手を前にしていても、今は恐怖を全く感じていない。

 ……のおかげで。


「い、いいのか?」

「ええ」


 勿論、許したわけではない。

 ただ、あの出来事のことを掘り返したくないだけ。

 それにこれ以上話を続けても、佐藤君の言い訳を延々と聞かされるのは目に見えている。

 そんなことで時間を浪費したくない。

 一刻も早く千歳君とお話ししたいもの。


「そ、そっか……」

「もういいわよね?」

「ま、待ってくれ」

「まだ何かあるのかしら?」

「え、えっと……っ」


 一瞬、佐藤君は千歳君を一瞥した。

 先程から千歳君は私達をずっと見ていて、いつでもすぐに間に入れるように備えてくれている。

 だから私は、佐藤君とこうして冷静に話せているのだ。

 もし何か起ころうとしても、その前に千歳君が必ず助けに来てくれると確信しているから。


 それから、佐藤君はどこか気まずそうにこう言うのだった。


「じ、実はさ、この後提出の課題をやってくるの忘れて……」

「……はっ?」


 嘘でしょ……?

 この期に及んで、課題を写させて欲しいってお願いするつもりなの?

 怒りを通り越して呆れてものも言えない。

 無神経にも程がある。


 そして、自分に嫌気が差した。

 つい先日まで、目の前の佐藤君が……自分が好きになった佐藤君とは別人だと確信出来なかった自分に。

 ……恋する乙女失格ね。


「そうなのね」

「あ、ああ。だから──」

「お断りするわ」


 佐藤君が言い切る前に結論を述べた。


「はっ? な、なんで?」

「むしろ、なんで写させてくれると思っているの? それに佐藤君、あなた最初から私に写させてもらうつもりで、わざと課題をやってきてないわよね?」

「っ……そ、そんなこと……」

「悪いけど、信用できないわ」


 私の信用を佐藤君は自らの行動で失ったのだ。

 写させて欲しいと何度も頼み込んで来て、その度に上手くいったと言わんばかりのしたり顔をしていた。

 それで信用して欲しいと言われても無理な話。

 校舎裏の出来事が無かったとしても、私は同じ回答をしていた。

 

「ひ、酷くないか? これまで写させてくれていたのに急にダメなんて……」

「それこそ酷い言いがかりね。私は何度も“今回だけ”と念を押していたわ。それと、課題を忘れたのは佐藤君の自己責任なのに、どうして私が責められないといけないの?」

「そ、それは……」

  

 佐藤君はぐうの音も出ない様子。

 それから……不満そうに私を睨んだ。

 この瞬間、また一つ佐藤君は私の信用を失った。

 さっき謝ったばかりなのに、同じ過ちを犯したのだ。

 

 そして、その時だった。


「篠宮さん。少しいい? 大事な話があるんだ」


◇◆◇◆◇


【千歳和樹視点】


「篠宮さん。少しいい? 大事な話があるんだ」


 俺はそう言って、篠宮さんと佐藤の間に割って入る。


「ふふっ。ええ、分かったわ」


 篠宮さんは嬉しそうに微笑んで、古賀さん達が集まっている俺の席の方へと向かって行った。

 そして、俺は佐藤と再び対峙する。


「千歳ぇ、また俺と冬音の邪魔をしやがってっ」

「邪魔なんてしてないだろ。佐藤の頼みを篠宮さんが断った時点で、話はとっくに終わってたんだから」

「っ……」


 そう、篠宮さんが断ったあの瞬間に話は終わっていた。

 それ以降は、佐藤のただの言い訳タイムにすぎない。

 むしろ、篠宮さんの休み時間の邪魔をしていたのは佐藤の方だ。


「なぁ、なんで写させてもらう前提の思考と行動をしてるんだ? それに、普通なら忘れたと気づいた時点で、すぐに急いで取り組み始めるべきじゃないのか?」

「う、うるさいっ。そんなのお前に関係無いだろ!」

「確かにそうだな。でも、それを言うなら篠宮さんだって関係無いよな?」


 佐藤は無関係な篠宮さんを巻き込んだ上に、断った篠宮さんが酷いみたいな物言いまでする始末。

 本当にタチが悪い。


「と言うか、こんな会話をしてる時間があったら、さっさと課題に取り組んだらどうだ? もしかしたらまだ間に合うかもしれないのに、自分で自分の首を絞めていることを自覚しろよ」

「お、お前、言いたい放題言いやがってぇ……っ」

「だから、このやりとりをしてる時間が無駄っていい加減気づけよな」

 

 正直、俺もこれ以上時間を無駄にしたくないので、佐藤に一番有効であろう言葉を告げる。


「それとも、佐藤は自分一人の力じゃ課題は出来ないのか?」

「ッ!」


 安い挑発だが、プライドの高い佐藤には効果覿面だった。


「舐めんなッ! できるに決まってんだろ!」

 

 そして、ようやく佐藤は課題に取り組み始めたのだった。


 自分の席に戻ると、篠宮さんが話し掛ける。


「ありがとう、千歳君。それで、大事な話って何かしら?」

「あれはただの口実だって気付いてるでしょ?」

「あら、そうなの? 私はてっきり告白されると思って期待してたのに」

「えっ」


 驚いてる俺を見て、篠宮さんは微笑んだ。


「ふふっ。冗談よ」


 その後、あれだけ啖呵を切った佐藤だったが、結局課題を終わらせる事が出来ず、提出できなかったのが佐藤だけだったこともあり、皆の前で先生に叱られるのだった。

 これに懲りたら少しは……そう思っていたのだが、叱られた直後に俺を睨む反省することもなくどこまでも他責思考な佐藤を見て……確信した。

 この先、佐藤の成績は落ちるところまで落ちていくと。

 

 そして、その確信が現実になる日は近いのだった。

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