第8話 重なる姿

 ふと窓の外を見れば、日がゆっくりと落ちていて少しずつ空が暗くなり始めている。

 そんな中、教室では十数名の生徒が勉強に励んでいた。

 ちなみに、テスト直前になれば参加する人数はもっと多い。

 

 今参加している半数は他クラスの生徒である。

 篠宮さんの勉強会は評判がとても良いので、こうして他のクラスからも参加する生徒は多いのだ。

 ……ほんとに凄い人望だ。


 そんな事を思っていると、篠宮さんと目が合った。

 勉強会が始まってから、こうして何度か篠宮さんと目が合っている。

 クラス最下位の成績の俺は、篠宮さんにとっては一番心配な生徒なので気にしてくれているのだろう。


「千歳君、手が止まっているようだけど……」


 篠宮さんがそばまでやって来る。


「念の為に言っておくけど、サボってないから」

「当然よ。もし私の勉強会でサボったりしたら……お説教だけじゃすまないわよ?」


 篠宮さんはニコッと笑う。 

 目を奪われるほど魅力的な笑顔なのに……怖い。

 いったい何をされるのだろうか……考えるだけでも恐ろしい。

 

「肝に命じておくよ」

「良い心がけね」


 篠宮さんは俺の手元の問題集へと視線を落とした。


「その問題はね…………」


 それから篠宮さんは問題の解き方を教えてくれる。

 懇切丁寧で分かりやすい相手目線に立った教え方だった。


「……なるほど。じゃあ、こっちの問題は今の問題の解き方を応用して…………こう解けば良いのか。ありがとう、篠宮さん」

「……どういたしまして」


 ちゃんと理解できたのに、なぜか篠宮さんは訝しむような表情で俺をジッと見る。


「……千歳君、本当は勉強かなり出来るでしょ?」

「えっ……ど、どうしてそう思ったの?」

「その問題、成績上位の生徒でも解くのに苦労する難問よ。でも今、千歳君はそれを難なく解いてみせたわ。これで成績最下位の実力だなんてとても思えないもの」


 中身が別人なのでこれまでの実力と違うのは当然なのだが、そんなことを正直に言えるはずもなく。


「それは篠宮さんのおかげだよ。篠宮さんが基礎から丁寧に教えてくれたから解けたんだ」


 これは決して嘘ではない。

 篠宮さんの教え方は、初めて教えてもらった・・・・・・・・・・とは思えないくらい・・・・・・・・・驚くほどすんなりと頭に入って来たのだ。


 まだ少し怪しんでいる様子の篠宮さんだったが、少しして柔らかい笑みを零した。


「そう。それなら良かったわ。せっかく参加してくれたのだから、何か得るものがあって欲しいものね」

 

 参加してくれた生徒への感謝と、力になってあげたいという気持ちのこもった言葉。

 篠宮さんと誠実さと優しさが感じられる言葉。

 その言葉を聞いて、俺はこう呟かずにはいられなかった。


「……すげぇ」

「急に何かしら? もしかして揶揄ってるの?」

「違うよ、本心からの言葉だよ」

「えっ……」


 篠宮さんはこの勉強会に参加した生徒に見返りを求めない。

 つまり、篠宮さんからしたらメリットは無いにも等しいのだ。

 でもこうして勉強会を開き、そして任意にも関わらず多くの生徒が参加している。

 誰にでも出来るような事じゃない。

 少なくとも俺には無理だ。


「ほんとに凄いと思ってる。尊敬するよ」

「そ、そう。あ、ありがとう」


 その後すぐ、他の生徒が教えて欲しいと助けを求めて来たので、篠宮さんはその生徒の元へと向かって行った。


「……」

「古賀さん、どうしたの?」


 古賀さんがなにやら難しい顔で問題集を見ている。


「実はこの問題がどうしても解けなくて……」

「この問題は、この公式をこうして……こうして……こうすれば解けるよ」

「な、なるほど。千歳君、教えてくれてありがとうございました。とても分かりやすかったです」

「どういたしまして。力になれたのならなによりだよ。もしまた分からない問題があったら、いつでも聞いて大丈夫だから」


 成績最下位の生徒が勉強を教える……普通に考えれば可笑しな状況だろう。

 でも周りの目を気にするよりも、古賀さんの力になれるのならそっちがベストだ。


「で、ではお言葉に甘えて……この問題も教えてくれませんか?」

「もちろん。この問題は……」


 それから自分の勉強も進めつつ、古賀さんに勉強を教える。

 そして、集中していた俺は気づかないのだった。


 勉強を教えている俺を、後ろで篠宮さんが驚いた表情で見ていたことに。



◇◆◇◆◇



【篠宮冬音視点】


「サンキュー、篠宮」

「どういたしまして」


 教え終わった後、私は先ほどの千歳君とのやりとりを思い出す。

 ……私、千歳君と話すのは今日が初めて……よね?

 先ほど千歳君と話した時、私は心地よさと、これまでに何度も話した事があるかのような不思議な感覚を覚えていた。

 あの感じ、まるで…………


「篠宮さん。この問題教えてくれませんか?」

「わかったわ」


 思考を中断して、私は役割を果たす。


 その後、手が空いたので皆の様子を見て回ることに。

 その途中……千歳君と古賀さんの後ろを通り過ぎようとして一度足を止める。


「この問題は……」

「……なるほど」


 どうやら千歳君が古賀さんに勉強を教えているらしい。

 クラス最下位の成績の生徒が勉強を教えている……普通なら驚く状況だけれど、千歳君の本当の実力がかなり高いと確信しているので特に驚かない。

  

「…………えっ」


 驚かない……はずだった。

 でも、実際は違った。

 私は驚いた。

 驚愕した。


 だって、その教え方を見たことがあったから。

 だって、その教え方を知っていたから。


 だって、古賀さんに勉強を教えている千歳君の姿が、御影さんに・・・・・勉強を教えている・・・・・・・・時の彼の姿・・・・・に重なったから。

 

佐藤・・……?」

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