第23話 水瀬秋菜は確信する
【佐藤悠斗視点】
「図書委員の当番の初日に、私が悠斗君に最初におすすめした……あの本のことです」
秋菜にそう尋ねられ、俺は内心困惑していた。
昨日、夏美から自分を不良から助けてくれた出来事について覚えているかと尋ねられた時の事を思い出したからだ。
一応、秋菜に尋ねられた本の記憶はあるにはあるけど……秋菜といい夏美といい、なんで今更そんな過去の話を掘り返すんだ?
……とりあえず、早く返事をすることにしよう。
そして「あぁ、あの本のことね。一応覚えてるよ」と、俺は答えようとして…………思いとどまった。
そう言えば、昨日の夏美……俺が夏美の質問に答えてから様子が突然おかしくなってたよな。
あの時の俺は適当に答えていて、今回も同じ事を繰り返しそうになってしまっていた。
……あっぶねぇ、あのまま答えてたら昨日の二の舞になりかねなかったわ。
では今、俺はなんて答えるべきなのか……
実は、秋菜からこの質問をされるのは今回が初めてではなく、そして前回質問された時に何て答えたのか……その記憶が俺にはある。
つまり、模範解答を知っているのだ。
だから俺は、その時と同じ言葉を紡ぐのだった。
「もちろん覚えてるよ。めっちゃ面白かった」
それが最も愚かであり、一番選んではいけない答えだったとも知らずに。
◇◆◇◆◇
【水瀬秋菜視点】
「もちろん覚えてるよ。めっちゃ面白かった」
その答えを聞いて、私は……確信しました。
今の悠斗君は……私が好きになった悠斗君ではない別人だと。
実は、先ほどの質問をするのは今回が初めてではありませんでした。
そして、以前質問した時……今とまったく同じ答えを返されました。
ですが、言葉は同じでも……その言葉に込められている感情は全く違います。
それこそ、別人のように。
以前質問した時……
ですので、その答えを聞いて私はとても嬉しく思いました。
しかし、今の悠斗君からはそう言った感情は一切感じられません。
とりあえずそう答えておこう……そんな魂胆が見え見えです。
当然、今の私は嬉しさや喜びといった感情とは無縁も無縁です。
そうこの時、記憶にある答えと同じ答えを言ったことにより比較されてしまい、秋菜に別人であると確信されてしまったのだった。
夏美の時の二の舞にならないようにと選んだ答えが、完全に裏目に出てしまったのである。
もちろん、それも夏美の時と同様に自業自得であり……身から出た錆びであるのは言うまでもないだろう。
「……そうですか。わかりました。答えていただきありがとうございます」
「それじゃあ、チケットを購入──」
「いえ、その必要はありません」
「えっ……」
なんとか無事に乗り切ったと思い安堵していた悠斗に対して、秋菜は淡々と告げるのだった。
「申し訳ありませんが、私はここで失礼させていただきます」
「はっ!?」
秋菜からの予想外の言葉に、悠斗は驚きと動揺を露わにする。
「な、なんで!? こ、ここまで来てドタキャンとか酷すぎるだろっ」
踵を返そうとする秋菜に対して、超絶特大ブーメラン発言をする悠斗。
酷い、ですか……
では……
「悠斗君。お一つ、お聞きしてもいいですか?」
「い、いいけど、今度はなにを……?」
「先週の土曜日……映画に行けなくなった理由は体調を崩したからと悠斗君は言っていましたが……あれは本当ですか?」
普段の秋菜であれば、こんなことはまず疑わない。
実際、ここに来るまで秋菜は疑っていなかったし、悠斗の体調を案じてもいた。
しかし、映画館での悠斗の態度からは秋菜が観たい映画を観たくないと思っているのが露骨に伝わってくる。
だからこそ、とある一つの可能性が思い浮かぶのだ。
とても辛く悲しく、残酷な可能性が。
「ほ、本当だ。本当に体調を崩してたんだ」
「……」
明らかな動揺、目の泳ぎ、声の震え……そう言った諸々が、悠斗の言葉が嘘であると雄弁に物語っていた。
「嘘……ですね?」
「っ……」
嘘を見抜かれてしまい、思わず図星の反応を見せてしまった悠斗。
しかし、それに気付いた時にはもう遅い。
そもそも、秋菜が映画を観に行こうとしていたところに一緒に行きたいと言ってきて、半ば強引に同意させたのは悠斗だった。
それなのに、自分が興味の無い作品だからと言ってこんなやり方……
「酷いのはどちらですか」
心優しい秋菜でも……いや、心優しい秋菜だからこそ、怒りを露わにするのだった。
「い、いや、違っ……そ、それはその……えっと……」
普段は温厚な秋菜が初めて見せる怒りの態度に、悠斗は気圧される。
そんな悠斗に対して、秋菜は淡々と言う。
「では、私はこれで失礼します」
「ま、待ってくれ秋菜っ。秋菜ぁ……!」
踵を返した秋菜を必死に呼び止めようと試みる悠斗。
しかし、秋菜は立ち止まることも振り返ることも当然せずに、そのまま映画館を後にするのだった。
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