第22話 水瀬秋菜は問いを投げる

【佐藤悠斗視点】


 翌日の放課後。


「おい、夏美」

「……ごめん。この後行くところあるから」


 そう言って、夏美は教室を後にした。


 昨日の放課後、遊びに行っている途中から夏美の様子がなぜかおかしくなった。

 翌日には機嫌も直っていつも通り声を掛けてくるだろうと思っていたのだが、夏美は声を掛けてて来ないどころか俺から話しかけても素っ気ない態度をとるばかり。

 そのせいで、今日は夏美とまともに会話すらできていない。

 

 なんだよ、あの態度……

 夏美、のことが好きなんじゃないのかよ……ッ。


 ……いいや、とりあえず夏美のことは後で考えよう。

 それに最悪でも、さすがに後数日もしたら夏美もいい加減機嫌を直すだろう。


 それよりも今は……


「悠斗君。そろそろ行きましょうか」


 秋菜と映画を観に行くことの方が優先だ。


「そうだな」

 

 それから俺達は並んで下校して、映画館へと向かうのだった。


◇◆◇◆◇


【水瀬秋菜視点】


「秋菜。土曜日は映画行けなくてごめんな」


 映画館に向かっている途中、ショッピングモールが見えてきたあたりで、悠斗君にそう言われました。


「いえ、映画よりもお体の方を優先するのは当然のことですし。それに、こうして今日観に行けるのですから、お気になさらなくても大丈夫ですよ」

「えっと……それでさ、今日の映画代は秋菜の分も俺が出すよ」

「えっ」


 まさかそんな提案をされるとは思ってもみなかったので、とても驚きました。


「い、いえ、自分の分は自分で払いますので……」

「遠慮しないでくれ。土曜日は俺のせいで映画に行けなかったんだから、そのお詫びがしたいんだ」

「で、ですが……」


 お詫びと言われましたが、体調不良が理由なのですから悠斗君が悪いわけではありません。

 ですので丁重にお断りしたのですが、悠斗君が引かない姿勢を見せていましたので、最終的に私が折れて今回はお言葉に甘えさせてもらうことになりました。


 それから間も無くして、映画館に着きます。

 平日の夕方の時間帯と言うこともあって、制服姿の学生がちらほらと見受けられました。


 その後、チケットを購入するために自動券売機の方へと向かいます。

 ずっと観たいと思っていた作品をようやく観られるいうことで、楽しみという感情を抑えきれそうにありませんでした。


「座席は真ん中より少し後ろでもいいか?」

「はい、大丈夫です」


 ふと……画面の方を見てみますと、悠斗君が映画を選択しようとしているところでした。

 間も無くして、綾小路先生の作品が画面に表示されます。


 そして、悠斗君がその作品を選択──




「…………えっ」




 ──しませんでした。




 悠斗君が選択したのは、全く違う映画でした。

 一部始終を見ていた私は、思わず驚きと動揺の声を溢してしまいます。

 ど、どうして……


 最初からその作品を観にここに来たのであれば、驚く理由はありません。

 ですが、今日ここに来た理由は……先週の土曜日に観れなかった綾小路先生の作品を観に来たからだと思っていたので、私は悠斗君の行動の真意が分からず困惑と動揺を隠しきれませんでした。


「ゆ、悠斗君……今日はそちらの映画を観るのですか?」

「そのつもりだけど」

「き、今日観るのは綾小路先生の作品ではないのですか? 前の土曜日に観れなかったから、今日観に来たのだと……そ、それに私、ずっと楽しみに……」

「いや、でもさ……俺のお金で観るんだし、俺が観たい映画で良いじゃん」

「……っ」


 実は、先週の土曜日──秋菜と映画に行く予定だった日の夜のこと。

 佐藤悠斗は秋菜に対して罪悪感を覚えていた。


『さすがに嘘をつくのはやりすぎたよな……』


 そのお詫びと言うことで、秋菜の分の映画代を自分が持つことにしようと決めたのだった。

 しかし、その後……


『いやでも、お金を……しかも二人分払うのに自分の観たい映画を観ないのは勿体ないよな……』

 

 そして、佐藤悠斗は最終的にこう結論を出したのである。


『よし、秋菜には俺が観たい・・・・・映画・・を奢ることにしよう。そしたら俺は観たい映画を観れて秋菜へのお詫びもできる。秋菜もタダで映画が観れるんだからメリットしかないしな』


 これが、佐藤悠斗の一連の行動の真意なのだった。


 そのままチケットを購入しようとする。


 しかし……

 

「……悠斗君。チケットを購入する前に……お一つ、お聞きしてもいいでしょうか?」


 秋菜がそれに待ったを掛けた。


「えっと、なにを?」

「あの本のこと……覚えていますか?」

「あの本? もしかして、前に図書館でおすすめしてくれた本のこと? ごめん、俺まだその本読んでない……」

「いえ、その本のことではありません」

「えっ……」

 

 そもそも悠斗があの本を読むつもりがないのを秋菜は察していたので、それについて尋ねる理由が無い。

 かつてないほど真剣な表情の秋菜を目の当たりにし、悠斗は息を呑んだ。


 そして、実はこの時の秋菜も夏美と同様に、今の悠斗が自分が好きになった悠斗とは別人であると確信していた。

 それほどまでに、悠斗が今とった言動は……秋菜が恋をしたがとらないような行動、言わないような言葉だったからだ。


 しかし、その確信をさらに確固たるものにするために……そして、より揺るぎないものにするために……


 水瀬秋菜は佐藤悠斗に問いを投げるのだった。


「図書委員の当番の初日に、私が悠斗君に最初におすすめした……あの本のことです」

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