第21話 御影夏美は確信する

 今の佐藤悠斗・・・・・・には、ぼんやりとはしているが、高校入学から二、三ヶ月間の記憶が確かに残っている。

 ……モブ佐藤悠斗主人公として生きていた期間の記憶が。


 故に、夏美と出逢うキッカケとなったあの出来事の記憶も当然ある。

 勿論それだけでなく、その後の夏美と一緒に過ごした時の記憶だって当然ある。


 だから、普通なら分かるはずなのだ。

 あの出来事以降、夏美との距離が劇的に近くなったことからも……そして、その後の彼女の立ち振る舞いからも……夏美があの出来事を大切に思っていることが。


 しかし、佐藤悠斗はそのことを分かろうとしなかった。

 理解しようとしなかった。

 考えようとしなかった。


 その結果、こう答えるのだった。

 

「あー、そう言えばそんなこともあったっけ」


◇◆◇◆◇


【御影夏美視点】


「あー、そう言えばそんなこともあったっけ」


 …………えっ。


 その言葉を聞いた瞬間、一瞬頭が真っ白になった。

 

「ゆ、悠斗。今……なんて」


 私の聞き間違いであってほしい、もしくは悠斗の言い間違いであってほしい……そんな一縷の希望に縋って尋ねる。


 しかし、返って来た言葉はあまりにも無情なものだった。


「そういえば、そんなこともあったなって」

 

 全身から血の気が引いていく。


「そんな……こと?」


 私の声は、自分でも驚くほど震えていた。


「いやだってさ、そんなの過去の話だろ。そんなことよりも、この後どうするかの方が重要じゃん」


 悠斗の言ってる事も決して間違ってはいないと思うし、理解できないわけでもない。

 

 でも……でも……


「そう……だね」


 でも……まさか、そんな……一切興味が無いみたいな態度をとられるとは思ってなかった……


 悠斗はもう違う話題に移っている。

 きっと悠斗にとってさっきの話題は、たわいもないものに過ぎないのだ。


 別に、悠斗が悪いとは思っていない。

 過去の出来事をどう思うかなんて人それぞれだし。

 ただ、私にとってあの出来事が大切な思い出なように、悠斗にとってもそうなんじゃないかって……私が勝手に期待して、勘違いしてただけ。

 そして、望んだ答えが得られなかったからって、一人で勝手に傷ついているだけ。


 でも……そっか……


「そういえば、さっきはなんで突然あの時のことを?」


 悠斗にとって……あの出来事は……


「……実は、さっき不良っぽい人を見かけた時に、あの時怖い思いをしたことを思い出しちゃって。それで……」


 私とのあの出逢いは……その程度のこと……だったんだね……


「へぇ、そっか」









 …………えっ、今……


 それは、なんて事のないただの相槌。

 普段なら気にも留めないような言葉。


 しかし……そのたった一言が、私を確信へと至らせるのだった。


 実は、私は今のやり取りを前に悠斗と一度だけしたことがあった。

 あれは、私達が出逢ってまだ間もない……まだお互い名字で呼び合っていた頃のこと。

 忘れもしない……初デートの日のことだ。


 悠斗と目的地へ向かっている途中、私は前を歩く不良を見た時に、あの時の事がフラッシュバックしてしまい表情がこわばってしまったのだ。


『どうしたの、御影さん?』

『えっと……実は前にいる不良達を見て、あの時怖い思いをしたことを思い出しちゃって。それで……』

『大丈夫だよ。もしも、またあの時みたいな事が起きたとしても必ず俺が守るからさ』


 怯えて不安がる私を安心させるように、あの時の悠斗は優しく微笑んで力強くそう言ってくれた。

 でも、今の悠斗は「へぇ、そっか」と素っ気ない態度でそう言っていた。

 もちろん、一言一句同じ答えが返ってくるとは思っていない。

 でも、これはあまりにも……別人のように違いすぎる。


 それだけじゃない。

 今の悠斗からは、優しさや思いやりといった気持ちが一切感じられないのだ。

 私が好きになった悠斗が持っていた、あの温もりを。


 そして、極め付けは……


「夏美、何ぼーっとしてるんだ? 早く行こうぜ」


 そう言って、悠斗は強引に私の手を取った。

 

 普段の私なら、悠斗に手を握られたら間違いなく顔が熱くなるくらいドキドキする。

 実際、初デートの時に手を握られた際は、心臓の音がうるさいくらいドキドキと高鳴っていた。

 けど、今の私は胸のときめきとは無縁も無縁で、驚くほど落ち着いている。


「……」


 たしかに、これは非現実的な考えだ。

 でも……私は自分の気持ちに素直になることにした。


 だからこそ、確信する。


 目の前にいる悠斗は、私が好きになった悠斗じゃない。

 この人は……別人だ。


「……ごめん。私、帰る」


 私は悠斗の手を離してそう告げる。


「はっ!? お、おい、夏美!?」

  

 踵を返した私を、悠斗が叫んで呼び止めようとする。

 でも、私は立ち止まることも振り返ることもなく、そのまま歩き続けた。


◇◆◇◆◇


【佐藤悠斗視点】

 

「なんだよ、夏美。いきなりドタキャンとか酷すぎるだろっ」


 俺はむしゃくしゃした気分を解消するために、目的地をゲームセンターへと変更することにした。


「にしても、なんで急に態度がおかしくなったんだ?」


 本人は気づきも自覚もしていないが、これは完全なる自業自得……身から出た錆であった。


 さっきの夏美の言葉。


『……実はさっき不良っぽい人を見かけた時に、あの時怖い思いをしたことを思い出しちゃって。それで……』


 あれは、以前に夏美が口にした事のある言葉であり、その時の記憶も今の佐藤悠斗には当然残っている。

 にも関わらず「へぇ、そっか」と、優しさと思いやりのかけらもない素っ気ない言葉を返し、その結果、夏美に別人だと確信させてしまった。

 つまり、自ら墓穴を掘ったのだ。


「まぁ、いいか。どうせ明日になったら、夏美の機嫌も直ってるだろうしな」


 しかし翌日、夏美が俺に話しかけてくることはないのだった。


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