第11話 近づく真実、遠のいていく心

 ──数十分前。

 放課後の教室にて。


「それじゃあ、古賀さん。早速クレープ屋に向かおうか」


 実は昼休みに、クレープ屋に今日行こうと約束をしていたのだ。


「あ、あの、千歳君。本当にごめんなさい。実はお父さんから先ほど連絡が入って、家族の用事が急遽できてしまいまして……」

「そっか、なら仕方ないね」


 残念ではあるけど、用事があるのならそっちを優先するべきだ。

 クレープは逃げも隠れもしないし、行く機会はこれから何度もあるのだから。


「じゃあ、またの機会にしようか」


 古賀さんは頷いてすぐに下校した


「さてと……この後どうしようかな」


 このまま下校するか、それとも……

 

「あっそうだ、図書館に立ち寄ってみるか」


 もしかしたら面白そうな本が見つかるかもしれないしな。


 目的地が定まったので、早速足を運ぶことに。

 

「あれは……」


 図書館の中に入ると、水瀬さんと佐藤が受付にいた。

 そっか……今日は図書委員の当番の日か。

 二人はなにやら話をしているが、ここからだと会話の内容は聞こえて来ない。


「さてと……」


 それからいろんな棚を見て回る。


「ん? この本……」


 ふと、とある本が目に留まった。

 原作ストーリーで水瀬さんが大好きだった作家の本だ。

 ……あれ、なんでだろ……この本、なんかすごく気になるな。


 あまり読まないジャンルの本なのに、なぜかとても気になってしまう。

 誰かにすすめられたことがあった……?

 いや、でもそんな記憶無いしな。

 

「……とりあえず、借りてみるか」

 

 そして、受付に向かう途中……


「……水瀬さん?」


 水瀬さんは棚の一番上に本を戻そうとしているが、残念ながらギリギリ届かず困っている様子。

 ……見て見ぬ振りはできないよな。


「その本、ここに戻せば良いの?」

「えっ……は、はい」

「分かった。よいしょっと……これで大丈夫?」

「はい。ありがとうございます、千歳君」

「気にしないで、水瀬さん」


 ってか、こういうのは普通モブじゃなくて主人公の役目だろ。

 佐藤は一体何やってんだよ。


「それじゃあ、俺はもう行くね」

「あっ……千歳君。ちょっと待ってください」


 受付に向かおうとすると、水瀬さんに呼び止められる。

 

「水瀬さん? どうしたの?」

「あの……千歳君。その本……」


 水瀬さんの視線は、借りようとしていた本に注がれていた。


「面白そうだったから借りようと思ってさ」

「はい。とても面白いですよ」


 どうやら水瀬さんは既に読んだことがあるらしい。

 

「実は最近読んだ中でイチオシの本なんです」

「そうなんだ。読むのがとても楽しみだよ」

「……もしかして、千歳君も綾小路先生の作品がお好きなんですか?」


 水瀬さんが期待の眼差しを向けてくる。

 

「えっと、実はこの作家さんの本を読むのはこれが初めてなんだ。すごく気になったから読んでみようと思って」

「その気持ちよく分かります。気になった本は読んでみたくなりますよね。私が綾小路先生の本を読み始めたのもそれがきっかけでした」

「そうだったんだね」

「あっ……ご、ごめんなさい。いきなり語り出してしまって……」


 好きな話題の事でつい舞い上がってしまったからか、水瀬さんは恥ずかしそうな様子。

 心なしか顔が少し赤い。


「気にしてないよ。むしろ、水瀬さんは本当に本が好きだって伝わって、俺もこれからは色んな本を読んでみようかなって思ったよ」

「で、でしたら、おすすめしたい本が何冊かあるのですが……」

「ぜひ教えてほしいな」


 水瀬さんのお墨付き……絶対に面白いこと間違いなしの確定演出だ。

 ただ、一遍に全部借りても流石に読みきれないので、とりあえず今回は一冊だけ借りることに。


「教えてくれてありがとう。他の本も今度必ず読んでみるよ」


 せっかく水瀬さんがおすすめてしくれたからな。


「はい。ありがとうございます」


 水瀬さんはとても嬉しそうに、満面の笑みを浮かべてお礼を言うのだった。



◇◆◇◆◇



【水瀬秋菜視点】


「……ふふっ」


 千歳君が下校した後、私は先ほどのことを思い出してつい笑みが溢れてしまいました。

 ……千歳君、楽しんでくれるといいな。


 千歳君とお話しするのは今回が初めてでしたが、とても楽しい時間でした。

 初対面の男子と初めて話してあんなに楽しいと感じたのは、千歳君と悠斗く…………


「……あ、あれ」


 先程は会話に夢中で気づきませんでしたが……千歳君、なんだか悠斗君に似てたような……

 容姿ではなく、雰囲気や話し方がです。

 だからでしょうか……今思い返すと、まるで悠斗君と話しているような感じがしたのです。

 あの頃の・・・・悠斗君と……


 ただの偶然だとは思います。

 でも、それにしては……


「秋菜」

「は、はい。どうしましたか、悠斗君?」

「いや、さっきの質問の返事がまだだったから……」


 先ほどの質問……たしか、次の土曜日に予定があるのかどうかでしたね。


「実はその日は映画を観に行こうと思っていまして……」


 先週から綾小路先生が脚本の映画が上映されています。

 先生オリジナルストーリーの作品ということなので必見です。


「映画!? それさ、俺も一緒に行っていい?」

「え、えっと……」


 悠斗君と一緒に映画を観に行く……そんな胸踊る展開のはずなのに、どうしてかすぐに返事ができませんでした。

 ですがその後、悠斗君に強く頼み込まれてしまい、気づいた時には一緒に行くことになっていました。


「……」


 あれ、私……さっきはどうして……

 

「それで、どんな映画を観る予定なんだ?」


 私は悠斗君に映画の詳細について話します。


「……あーマジか、そういう感じの映画かぁ」

 

 悠斗君がなにやらボソッと呟いていましたが、よく聞き取れませんでした。


 その後、間もなくして閉館の時間になりました。

 結局この日は、悠斗君と話して楽しいと感じた時は……最後までありませんでした。

 

 そして、この時の私は知らないのでした。

 一緒に映画を観に行く……その約束が予想外の結末を迎える事になることを。

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