第12話 共有

「では千歳君、行きましょう」


 翌日の放課後。

 帰りのHRが終わるや否や、古賀さんが俺の席までやって来た。

 今日はようやく念願叶って例のクレープ屋に行けるので、古賀さんは目に見えて上機嫌な様子だ。

 かく言う俺もこの時を楽しみにしていたので、テンション高めである。


「そうだね。早速向かおうか」

「はいっ」


 それからクレープ屋へと向かう。

 

「……ふふっ」


 向かっている途中、不意に古賀さんは笑みを溢した。


「古賀さん、嬉しそうだね。クレープ楽しみにしてたもんね」

「えっと、それももちろんあるのですが……お友達とこうして遊びに行ってみたいとずっと思っていましたので、それが叶った事がとても嬉しくて」


 古賀さんは中学時代に友達ができなかったので、高校ではそんな自分を変えたい、そして友達を作りたいと思っていた。

 でも出端を挫かれてしまい、その後も行動を起こせず今までと何も変わらない自分に情けなさを覚えていた。

 その事情を知っているので、念願叶って嬉しそうな古賀さんを見ると俺も嬉しくなる。

 

「千歳君。改めて、お友達になってくれて本当にありがとうございます」

「こちらこそありがとうだよ、古賀さん」


 そんなやりとりを交わしていると、気がついたら目的地が見えてきた。

 人気店ということもあって、多くのお客さんが来店している。

 同じ高校の生徒もちらほらと見受けられた。

 

 列に並んでいる間、何を注文するかを決める。

 特に人気なのは……チョコとイチゴか。

 

「古賀さん、どれにするか決めた?」

「私はチョコクレープを……いやでも、イチゴクレープもとても美味しそう……」

「いっそ両方頼むのは?」

「最初はそうしようと思っていたのですが、食べ切れるか不安で……」


 古賀さんの気持ちは分かる。

 予想していたよりもボリューム満点だったので正直驚いている。

 このボリュームのクレープを二つも注文するのは、躊躇してしまうのも無理はない。

 

「ならさ、俺はイチゴを頼むから古賀さんはチョコを頼んで、それを分け合うってのはどう?」

「えっ……い、いいんですか?」

「もちろん。それに、実を言えば俺もこの二つを両方とも食べてみたいって思ってたからさ」

「わかりました」


 注文を決めた俺達は、それから談笑しながら列に並ぶ。


「あっ、そうだ。古賀さん、次の土曜日って空いてるかな?」

「えっと、今のところは空いてますが……」

「もし良かったら、一緒に映画を観に行かない?」

「えっ!?」


 予想外の提案だったようで、古賀さんは驚いた反応を見せた。


「実は、昨日読んだ本の作者が脚本を担当している映画が上映中みたいでさ。本がとても面白かったから、きっと映画も面白いんだろうなって思って。この映画なんだけど……」


 スマホで映画を検索して、古賀さんに見せる。

 ちなみに観ようと思っているのは、水瀬さんが大好きな作家である綾小路先生のオリジナルストーリーの映画だ。

 きっと水瀬さんはもう観ただろう。


「あっ、すごく面白そうな映画ですね」

「それで、どうかな?」

「はい。是非とも一緒に観に行きたいです」


 古賀さんと映画を観に行くことが決まり、ほどなくして注文を終える。


「本当にボリュームがすごいですね」

「そうだね。それじゃあ、早速食べようか」

「はい。いただきましょう」


 …………うまっ!

 

「すっごく美味しいです!」

「古賀さん。そのクレープ一口食べてもいい?」

「はい。とても美味しいので、是非とも千歳君にも食べてほしいです」

「ありがとう。じゃあ……」


 スプーンを貰ってくるよ、そう言おうとした瞬間。


「千歳君。はい、どうぞ」

「えっ……」


 古賀さんが自分のクレープを差し出してきたのだ。

 これってつまり……そのまま食べるってことだよな。

 

「えっと……ほんとにいいの?」

「はい、もちろんです」


 なおこの時、二人の間で認識の齟齬が発生していた。

 和樹は、本当に口を付けていいのか?と訊ねたつもりであったが……春華は、そのクレープを本当に食べていいのか?と質問されたと思ったのである。


「じ、じゃあ……いただきます。……ほんとだ、このクレープもめっちゃうまい!」

「よかったです。では千歳君、私もそちらのクレープをいただいてもいいですか?」

「もちろん、良いよ」


 あれ、この流れって……

 思った通り、古賀さんは俺がクレープを差し出すのを待っている。

 もうここまできたら腹を決めるしかない!


「ど、どうぞ……」

「では、いただきます。……あっ、このクレープもとても美味しいです!」

「そ、そっか。ならよかったよ」

「千歳君。顔が赤いですけど、どうかし──」

  

 その瞬間、古賀さんは周囲の人が、甘いねぇ〜と言わんばかりに俺達を見てニヤニヤしていることに気がつくのである。

 ……傍からしたら今の俺達は、はいアーンをしてたようにしか見えないからな。


「あっ……わ、私……」


 その事に気づいてしまった古賀さんの顔が、羞恥で耳まで真っ赤に染まる。

 

「ご、ごめんなさい、千歳君。私、まったく気づかなくて」

「い、いや、古賀さんは悪くないよ。むしろ悪いのは指摘しなかった俺の方で」

「うぅ〜〜〜」


 その後、古賀さんが落ち着くまで暫くの時間を要してしまうのだった。

 

 そしてこの時、二人のいるクレープ屋の近くで数名の女子生徒がこんな会話を繰り広げていたのである。


「あっ、あれって千歳君じゃん。声掛けて来ようかなー。あーでも、なんか邪魔しちゃダメな感じっぽい」

「あれ、由紀。いつの間に千歳君と知り合ったの?」

「前回の篠宮さんの勉強会に参加した時にだよ、夏美・・。実はあの時────」

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