第25話 あの時と同じ

【佐藤悠斗視点】


「この前はよくもやってくれたなァ」

「ひぃ……っ」


 いきなり現れた強面の男に威嚇され、思わず情けない声を漏らしてしまった。


「こ、この前って……?」


 震えた声でそう尋ねると、男の表情が更に険しくなる。

 

「まさか、俺のことを忘れたのか? それは、俺みたいな雑魚は覚える価値も眼中にも無いってことかァ?」


 この男は、いったい何を言ってるんだ……?

 忘れてるもなにも、俺達は初対面じゃ…………あっ、いや……違う。

 記憶を辿ると、この男と以前に会った時の記憶に辿り着いた。


 こいつは、前に夏美に絡んでいた男。

 そして……その時に、が撃退した男だ。

 そうだ、そうだった……俺はこいつに勝ってるんだった。

 なんだ、ただの雑魚か……ビビって損したわ。


 この男よりも俺の方が強い……その事実を思い出し、俺は悠然とした態度で応じる。


「もちろん覚えてるよ。久しぶりだな」

 

 俺はこいつに勝っている……だから、もしまた襲い掛かられたとしても、前と同じで俺は勝てる。

 男と対峙しながら、そう自分に言い聞かせる。


「そうか……なら話が早いな。実はな、俺はお前にリベンジをしたいと思ってたんだ」

「えっ……」


 思いもよらない言葉に、心臓が高く弾む。

 だ、大丈夫だ……俺は前にこいつに勝っている……だから今回もきっと……今回もきっと……

 必死にそう言い聞かせる。


 しかし……


「言っておくが、俺はあれから強くなった。だから、前と同じ結果になると思うなよ」


 前と同じ結果になると思うな……それは、今一番聞きたくない言葉だった。

 たしかにこいつ……記憶の中の姿と比較すると、前よりも強くなってそうな気がする。

 そして、思わずこんな事を考えてしまうのだった。


 もしかしたら、前とは違う結果になるかもしれない…………負けるかもしれない。


 一度そう思ってしまったことにより、不安と恐怖が一気に心の中に広がっていく。


「……っ」


 今の俺には、虚勢を張る余裕も無かった。

 一歩……一歩と、威圧的なオーラを放ちながらゆっくりと近づいてくる男。 

 それに比例するように、だんだんと心の中で大きくなっていく恐怖。

 もう自分に何を言い聞かせても、それを止めることは出来なかった。


 そして、恐怖がピークに達しようとした瞬間……


「〜〜〜〜っ」


 脇目も振らず……一目散に、俺は逃げ出してしまうのだった。


「……」


 夏美をその場に残して。

 

 ◇◆◇◆◇


【御影夏美視点】


「……は?」


 小さくなっていく悠斗の背中を茫然と眺めながら、男は呆けた声を溢した。

 この男は前に一度、悠斗と会っている。

 きっと、あの時の悠斗と……今の悠斗の行動があまりにも違い過ぎるから、驚きを隠せないのだろう。


 悠斗を責めるつもりは無い。

 状況が状況だから、逃げたくなる気持ちはすごく分かる。

 出来ることなら、私だってそうしたいし。

 それに、今の悠斗は……

 

「逃げた……だと? あいつ、前とはまるで別人じゃねぇか」


 ……そうだよ、別人だよ。

 心の中でそう呟く。


「……チッ。なんだよ拍子抜けだな。せっかくリベンジできると思ったのに、まさかこんな不完全燃焼になるとはな」


 悠斗が走って行った方向を見ながら、男が怒気を含んだ声で言う。

 男は明らかに苛立っている様子。

 

 でも私を見た時には、男は現れた時と同じくニヤニヤした笑みを浮かべていた。


「こうなったら、君に責任をとってもらわないとなぁ」

「……」


 あの時と同じだ……


 こんな見た目をしているからか、軽い女と思って絡んで来た軽薄そうな男。

 見て見ぬふりをする周囲の人達。

 足がすくんで逃げ出すことも、恐怖でうまく声が出せず助けを呼ぶこともできない私。

 

 全部、あの時と同じだ。


「安心しな。なるべく早く帰してやるからさ」


 男が近づいてくる。

 

 今の私にできることも……あの時と同じ。

 ただ、願うことしかできない。


 そして、私は願うのだった。


 誰か……助けて、と。


「それ以上、御影さんに近づくな」


『それ以上、御影さんに近づくな』


 刹那、声が聞こえた。

 聞き覚えのある……けど、あの時とは違う声が。

 でも、言葉はあの時とまったく同じだった。


 そして、その言葉を聞いた瞬間……恐怖が安心感へと塗り替えられていくのを感じた。

 視線を向けると、そこにいたのは……


「千歳……君」


 ふと、あの言葉を思い出した。

 初デートの時に私を安心させる為にと、あの・・悠斗・・が言ってくれた……あの言葉を。

 

『大丈夫だよ。もしも、またあの時みたいな事が起きたとしても必ず俺が守るからさ』

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