第26話 何も覚えてないモブVS不良男

「いやー、昨日の映画……今思い出してもめっちゃ面白かったなぁ」


 昨日の放課後、俺は古賀さんと一緒に土曜日に観にいけなかった映画を観に行った。

 ネタバレになるので詳しくは語れないけど、一言で感想を言うなら……めちゃくちゃ面白かった!

 正直、もう一回観に行こうかなと思ってるくらいだ。


 前に、図書館で借りた綾小路先生の本もとても面白かったこともあり、俺も水瀬さんと同じですっかり先生のファンになっていた。

 それで、先生の他の本も借りようと思って先ほど図書館に足を運んだけど置いてなかったので、この辺りで一番大きい書店があるショッピングモールへと向かうことにしたのだが……


「あれって、御影さん……だよな?」


 その途中……俺は御影さんが不良男に絡まれている現場に遭遇してしまうのだった。

 周囲の人達は傍観しているだけで、助けに入る気配は無い。

 でも、このままだと御影さんが……


「……見て見ぬ振りはできないよな」


 そういう性分な俺は、二人に近づき男に声を掛ける。


「それ以上、御影さんに近づくな」


 男がゆっくりとこちらを振り返る。

 男の顔は、とても不快そうなものだった。


「なんだ、お前は? もしかして、お前もこの子のナイトなのか?」


 それから男は視線を俺から御影さんへと移した。

 

「前回はあいつで、今回はこいつ。君みたいな美少女は、守ってくれるナイトも多いんだな」

「……」


 男の言葉に反応することなく、御影さんは先ほどから俺のことをジッと見ている。

 おそらく、俺のことを心配してくれているのだろう。

 まぁ確かに、俺みたいなモブが助けに来たら不安になるのも無理ないよな。

 

 でも、俺は御影さんを安心させる為に……大丈夫だよ……と、そんな意思を込めて力強く頷く。


「……っ」


 御影さんの顔が赤く染まった。

 どうしたのだろうかと気になったが、残念ながら今はそれよりも……


「まぁ、ちょうど良いや。あいつにリベンジ出来なかったせいでストレスが溜まってたところだったし、今回はお前で発散するとするかなァ」


 この男がさっきから何を言っているのか正直イマイチ分からないけど……この後の展開は容易に分かった。

 こんな人目のつく場所で、とても正気とは思えないけど……


「やめないか? そんな事しても意味ないだろ」

「あるさ……俺のストレス発散って言う意味がなァ」


 ダメだ、やっぱり話が通じない。

 よっぽどムカつくことでもあったのか、男は完全に冷静さを失っていた。

 威圧的なオーラを放ちながら俺に迫ってくる。


 そして……


「オラァ!」


 高く、大きく振り上げられる拳。


 でも、そんな大振りな拳が当たるわけもなく。

 俺は向かってくる拳を難なく避けて男の背後を取った。

 

「なっ!? お前っ、なんであいつ・・・と同じ動きを!?」

「?」


 なぜか一度見た事があるかのようなリアクションをする男。


「チッ!」

 

 再び男が殴り掛かって来たが俺はそれを受け流して、そのまま男の腕に関節技を極めた。


「お、お前っ! 動きだけじゃなくて技まであいつと同じだと!?」

「??」


 またもや、一度見た事があるかのような驚愕のリアクションをする男。

 ……さっきからこの男は何を言ってるんだ?

 正直……ちょっと引いてる。

 もしかして厨二病か?


「くっ……くそォ」


 抵抗しようすればするほど俺が力を強めて抑え込むと、男は苦悶の表情を浮かべていた。


 この間に、御影さんに警察に連絡をしてほしいとお願いしようと思ったのだが、どうやらその必要は無いらしい。

 暴力を振るった男を見て、周囲の人達もさすがに見て見ぬ振りはできなかったようで、既に警察に連絡をしてくれていたからだ。

 

 それから程なくして警察が到着し、この件は幕を閉じたのだった。


◇◆◇◆◇


 あの後、俺と御影さんは警察から事情を聞かれ、聴取が終わった頃にはすっかりと空は暗くなっていた。

 精神的疲労が溜まったので、本を買うのは後日にして今日はもう帰ることにしたのだが……

 

「……」

「……」


 俺は今、御影さんと一緒に彼女の親が迎えに来るのを待っていた。

 もう暗いし、それにさっきあんな事があったばかりなので御影さんを一人にはできないからだ。

 でも、先ほどから俺達の間には会話は無く沈黙が流れている。

 

 こういう時は、なにか気の利いた言葉を掛けるべきだよな……

 そう思い言葉を紡ごうとした寸前、先に御影さんの口が開いた。


「……千歳君。遅くなっちゃったけど……助けてくれて本当にありがとう」

「無事に助けられて何よりだよ」

「……うん」


 それから再び訪れる沈黙。

 でも、それもすぐ御影さんによって破られた。


「……ねぇ、千歳君」

「なに、御影さ……えっ」


 御影さんが、なぜか手をゆっくりと俺の顔へと近づけてくる。

 御影さんの手が俺の顔に優しく触れた。


 そして、御影さんは……こう呟くのだった。


「……やっぱり。そうなんだね」


 まるで、恋する乙女のような表情で。

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