第19話 主人公への気持ちを向けられるモブ

 週明けの月曜日の休み時間のこと。


「おーい、今日の日直の人。このプリントとノートを準備室まで運んでおいてくれ」

「わかりました」


 先生にそう指示され、日直の篠宮さんが返事をする。


 ……あれ、たしか今日は男子の日直が休みだったよな。

 プリントとノートの量はかなり多いので、あれを一人で運ぶのはかなり手間が掛かる。

 クラスメイト達は休み時間を各々謳歌しており、誰も気づいていない様子。

 

 ……篠宮さんには勉強会でいろいろと助けられてるしな。


「篠宮さん。運ぶの手伝うよ」

「……千歳君。申し出は嬉しいけど大丈夫よ。これは私の仕事だもの」

「でも、今日は日直が篠宮さんだけだから、これを一人で全部運ぶとなると何往復もする事になるだろうし大変だと思うよ。そしたら次の授業に遅刻してしまうかもしれないしさ」

「それは……」


 俺はノートの山を持ち上げて、引かない意思を見せながら言う。


「それに、篠宮さんには勉強会で何度も助けられてるから、これくらいは力になりたい」

「……わかったわ。なら、お願いしてもいいかしら?」

「もちろん。手伝わせてくれてありがとう」

「お礼を言うのは私の方なのだけれどね。手伝ってくれてありがとう、千歳君」


 それから俺達は準備室へと向かう。


「そう言えば、もう少ししたら期末試験だな」

「そうね。千歳君は期末試験は大丈夫……いえ、聞くまでもないわね」


 篠宮さんは俺の実力にかなりの信頼を寄せてくれているようだ。

 でも実際、かなりの手応えを感じている。

 少なくとも、赤点をとって夏休みに補修三昧ということにはならない自信がある。

  

「そう言う篠宮さんは……いや、それこそ聞くまでもないか」


 篠宮さんから不安や緊張が一切感じられないことからも、彼女の心配は御無用だ。

 それに、篠宮さんは前回の中間試験で一位だったらしいし、次の期末試験でもトップクラスの順位をとるのは間違い無いだろう。


「……ほんとすごいな」

「急にどうしたのかしら?」

「いや……勉強会を開いていろんな生徒に勉強を教えることに時間を割きながら、自分の勉強も両立出来ててすごいなって思ってさ」

「当然よ。他の人に勉強を教える為には、まず自分が良い成績を取る必要があるもの。でないと信頼を得られないわ」


 たしかに、成績の悪い生徒が勉強を教えるのと良い生徒が教えるのでは安心感や信頼感がまるで違うからな。

 ……クラス成績最下位で勉強を教えてる俺が言うなって話ではあるけど。


「だから、その信頼を得るという目標の為にも、より一層頑張ろうって思えるのよ」


 自ら目標を設定して、その為に努力する……すごい向上心だ。

 

「篠宮さんは本当にすごいな」

「ありがとう」

「でも……もし何かあったら遠慮なく頼ってほしい」

「えっ……」


 俺にそう言われることが予想外だったらしく、篠宮さんは足を止めて驚く。


「篠宮さんは頼られることは多いけど、頼ることはあまり無いでしょ?」


 篠宮さんは無言で頷く。


「篠宮さんなら大抵のことはそつなくこなせると思う。でも、そんな篠宮さんでも出来ないことは何かしらある。勿論それは俺も同じことだけど」

「……そうね」

「だから、もしも何か自分一人の力じゃ解決できないような事が起きたら、その時は遠慮なく頼っててほしい。必ず力になるからさ」


 俺の意思が固いことを察し、篠宮さんは頷いた。


「わかったわ。もしもその時が来たら千歳君を頼らせてもらうことにするわ。でもその代わり、千歳君もなにかあったら遠慮なく私を頼って構わないから」

「わかった」


 それから準備室に運んで来たノートを置いて、教室へ戻る。

 これなら、後一往復で終わりそうだ。


「……ねぇ、千歳君」


 教室に戻っている途中、不意に篠宮さんが呟く。


「どうかした?」

「その……今度、また勉強会を開く予定なのだけれど……」


 おそらく、参加するかどうかを訊ねるつもりなのだろう。

 そう思い、参加する旨を伝えようとした直前、篠宮さんはこう告げるのだった。


「もし良かったら……参加……してくれないかしら?」

「えっ」


 勉強会は任意参加……参加したければすればいいし、参加したくないならしなくてもいい。

 でも今の篠宮さんからは……参加してほしい、そんな気持ちが伝わってくる。

 そして、それは本来……主人公である佐藤悠斗に対してのみ向けられる感情だ。


 どうしてモブの俺に……それは分からないが、俺が今なんて答えるべきなのかは分かっている。


「もちろん。喜んで参加させてもらうよ」

「ふふっ。ありがとっ」


 篠宮さんは満面の笑みでそう言った。


◇◆◇◆◇


 その日の放課後。


「……ごめん。私、帰る」

「はっ!? お、おい、夏美!?」


 御影夏美は確信に至るのだった。

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