第二話 騎士を倒す者

 貧民街は確かに犯罪者の巣窟である。


 騎士や兵士の訪れぬ場所ともなれば、まさに犯罪者の隠れ蓑。ギャング共がのさばり、人殺しなど日常茶飯事の環境であることは間違いない。

 グレイが生まれ、生きたのはそんな地獄だ。


 しかし元はと言えば最初にここを作ったのはクリスタ王国であり、それを放置して犯罪者の巣窟にしたのも彼らだ。


 そんな世界でグレイは必死に生きて、ギャング達を倒し、ようやく平和を作り出したのだ。

 だというのに今さらやってきて治安維持。


 その方法が言うに事欠いて皆殺しなど、許されるはずがない――




「――犯罪者共は皆殺しだ。これは王命である」


 そう叫び、騎士達は建物を焼き払って人々に襲いかかる。

 だが彼らは犯罪者ではない。貧民街で必死に生きるただの住人だ。


「うわあああああ!?」

「さあ、国を乱すクズには死を!」


 騎士の剣が逃げ纏う一人の男へ迫る。彼はいつも荷運びの仕事をしている住人であり、家族のために汗水垂らして働く男だ。

 決して殺されるべき犯罪者ではなかった──


「お前ら……何をしている」


 訪れるだろう悲惨な光景を止めるため、グレイの剣が男に迫る剣と打ち合っていた。

 あまりにも軽々と剣を弾くと、住人達を守るようグレイは騎士と相対する。


「なんだ貴様は」

「ここの責任者だ。俺の縄張りでよくもまあ暴れてくれたな。どういう了見だ?」


 その所業に怒り浸透のグレイであるが、理性がそれを押し止め、まずは対話を試みる。

 ただ暴れるだけが解決策ではなく、対話こそが人に許された一つの手段だ。


「貧民街のゴミが何かを喚いているぞ。消せ」

「はっ。『火炎球』!」

「っ!」


 だが対話を試みたグレイに対し、無慈悲にも返答は巨大な火の球だった。

 人一人は簡単に飲み込むであろう火球がグレイへと放たれ、焼き殺そうと迫りくる。


「……おい、それが返答か」

「むっ」


 しかしそう言ったグレイの剣は、迫り来る火球をあまりにも簡単に真っ二つにしていた。


「ここに住むのは罪なき国民だ。それを知って、こんなことをしているのか?」

「国民とは外壁の中に住む者を言うのだ。外に寄生するここの奴らは民ではない」


 騎士のリーダー格らしき男は、背後にそびえ立つ巨大な壁を指差して言う。

 王都を囲む強大な壁は、都に住む国民を守るためのもの。その外に住む貧民街の住人達は、彼らにとって守る対象ではないのだろう。

 寄生している害虫でしかなかった。


「そもそも貴様らを守る理由などないのだよ!」


 そう叫んだ男は、グレイを抹殺するために部下へ指示を出す。


「こいつは強そうだな。五人で殺せ」

「了解しました!」


 命令を受けた騎士達は、五人でグレイを取り囲む。

 抜剣した五人の騎士に囲まれては、もう絶体絶命と言うしかないだろう。


「お前達は魔術が使える奴らか」

「そうだ。貴様ら貧民街のゴミとは違う! 清き血の証明だ!」

「なるほど」


 騎士達が〝魔術〟という不思議な力を使う、特別な存在であることを確認する。


 貴族にのみ扱うことができるという魔術は、貧民街で生きていてはまずお目にかかれぬものだ。

 とはいえグレイには最低限の知識がある。それは人を簡単に殺せる力だというし、達人になれば千の人間と同等とも聞く。


「まあ、特に問題はない」


 目の前の絶望に対し、グレイは不敵な笑みを浮かべていた。そこに恐怖は一切なく、最短で騎士を倒すために凄まじい速度で走り出す。


「なっ!? はや――」

「魔術ってのは、近づくとどうなるのかな」


 グレイの剣は簡単に一人の騎士を切り裂いていた。

 周囲の騎士は慌てて魔術で殺そうとするが、気づけばグレイが目の前にいる。


「くっ!」

「中途半端だ。剣と魔術。どっちの練度も足りてねえな」

「こ、殺せ!」

「し、しかし!」


 騎士の魔術は早すぎるグレイを捉えられず、剣もグレイの足下にすら及ばない。

 だが間違いなく五人の騎士は厳しい訓練を積んできたエリートだ。貧民街の人間なんかに負けるはずがないのだ。


「終わり――」


 それをグレイは上回った。

 貧民街最強の剣と謳われた実力は、鍛錬した騎士五人分を上回る。


 戦闘時間は十秒程度。

 五人の騎士は傷一つつけることができず、グレイの周囲に転がっていた。


「さて。対話を拒んだのはそちらだ」

「お、お前達! 全員でころ――」


 あまりに簡単に倒されたせいで、リーダー格らしき男は慌てて全員で掛かるよう指示。

 しかしそれを全て言い切る前に、グレイの剣が届いてしまった。


「さて……次に死にたい奴は誰かな」


 戦いは指揮官からまず倒す。それを実行したグレイは、凄まじい速度でリーダー格の騎士を昏睡させていた。

 指揮官を倒されては、部隊は大きく混乱する。


 直前に下された命令に従い全員でグレイを殺すべきか。しかしそれができる気がしない。


「ガイデル様!?」

「くそっ。や、やるぞ!」

「おお!!」

「なるほど。そこは騎士か」


 騎士達は恐怖に駆られても、逃げることはなかった。敵前逃亡は死罪。それをすり込まれているからだろう。

 グレイという化け物を前にして、彼らは全てを押し殺し対峙していた。

 それは称賛されるべき勇猛だ。


「さてじゃあ全員やっちまうか――」


 しかし彼らの勇気が実を結ぶことはない。

 グレイにしてみれば、襲ってくるなら全員倒すだけだ。

 すでに会話が通じる状況ではなく、ここを守るためにグレイは全力で剣を振るう。


「な、何なんだこいつは!」

「あり得ない。貧民街のゴミがこれほどの強さなど!」


 騎士達は恐怖に支配されながらも、魔術を放ち、剣を振るった。

 客観的に見れば多勢に無勢でグレイの不利だが、多勢のはずの騎士達は死にそうな顔で戦い続ける。

 彼らはグレイが、勝利不可能な化け物に見えていた。


「俺を倒したかったら、噂に聞く姫騎士様でも連れてくるんだな!」


 たった一振りで二人の騎士が倒れ伏す。

 後々のことを考えて、昏睡させているだけというのがグレイの実力を現しているだろう。


 そうしてグレイが全員倒してしまおうと踏み出した瞬間――


「――そこまで」


 透き通るように綺麗な声が戦場に響いていた。


 その声と共に、白が舞い降りる。


 長く美しき白髪を後ろで縛ってたなびかせ、身につけるのは特注だろう純白の騎士鎧。動きやすさを重視しているのか軽装に分類されるものだ。


 舞い降りた少女は、純潔を表すかのように儚く消えてしまいそうなほどに白かった。


 その中で唯一、目を覆う布が黒い。なぜわざわざ視界を塞いでいるかは理解できぬが。少女は全てが見えているかのように振る舞っていた。


「……騎士だな」

「一応……責任者」

「へえ。その歳でね」


 外見から推察するに、グレイと同じ十八歳程度。

 その歳で責任者を名乗るなら、相応の実力がないとおかしい。


 そしてそれに当てはまる人物と言えばただ一人だ。


「まあつまり……姫騎士か」


 王国最強とも噂される姫騎士の存在は有名だ。

 それは教育を受けたことがない貧民街の孤児すらも知っているほどで、グレイも例に漏れず知っている。

 それが今、目の前にいた。


「…………」


 グレイの目から見た姫騎士は、人形のように表情が変わらず、とても美しかった。

 これが騎士とは到底思えないし、彼女が戦えるような存在には見えない。

 しかし一方で、とても不気味だ。


 彼女はどれほど目を凝らして見ても、


「これは一体どういうことだろうな。姫騎士といえば正義の存在。それがこんなことをするのか?」

「……これは、正義に、基づいた行動」


 姫騎士は剣を抜いてそう答える。


「罪無き住人を殺すことが正義なら、犯罪者なんてこの世にいねよ!」


 それにグレイは激昂した。


 結局名高い姫騎士様も、正義のヒーローではなかったのだ。

 貧民街の住人を犯罪者と決めつけ、酔った正義で断罪する愚か者に他ならない。


「俺の大切なものを傷つける奴は、何があろうと許さねえよ!」

「……私達の、任務を邪魔する者は、許さない」


 王国最強姫騎士と、貧民街最強の剣。

 本来出会うはずのなかった両者は、何の因果かこうして出会い対峙する。


 両者の剣は打ち合い、空間を揺らしていた。

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