第七話 共同戦線

 グレイ達の住む貧民街は、四つの区画に別れていた。

 東地区がグレイの縄張りであり、最も平和な場所である。

 では他の場所はと言えば、まさに絵に描いたような貧民街を見ることができるだろう。


 ギャングが支配し、人殺しも日常茶飯事。そして多くの者が貧困に喘いでいる。

 特に西地区は酷い有様で、そこを支配するギャングは違法薬物を生み出し、それで地位を築いたような奴らだ。

 だからこそ一線を越え、薬を王都に流したと聞いても特に驚きはなかった。


 住人を恐怖で支配し、逃げ出そうとすれば見せしめに殺す。

 そんな奴らだからいつかは何かをやらかして、いつかは戦わないといけなかった。


 しかし後少しばかり待って欲しかったのは事実である。




「……人が足りないな」

「ですね」


 姫騎士と話を付けて数日が経過した頃、グレイとその部下ゴーズは顔を突き合わせて悩んでいた。


「幸い死者はでなかったっすけど、全治一か月以上の怪我人が出すぎました。しかたないっすけど」

「うーん。前途多難だな」


 二人がそう悩む理由は単純明快で、今回西地区のギャングと戦ったことで多くの怪我人が出たからだ。


 ハクアには倒してきたと軽く言ったが、そんな簡単なはずがない。本来は年単位の準備を持って戦う相手である。

 しかし早急に潰さないといけなくなったため、苦渋の決断をして損害覚悟で抗争に入った。


 グレイが最前線で暴れまわった故に死者こそ出なかったが、怪我人は続出。その結果、戦える人間が非常に少なくなっていた。


「早く残党を処理しないといけないし、西地区も平定しないと住人も混乱するっすね」

「一気に縄張りが広がったのに人手不足。早急にどうにかせねば」

「とりあえず残党を――」


 二人がそんな会議をしている時だった。


「――グレイさん! 大変だ! 騎士が来た!」

「なに?」


 バンっと扉を開けてそう叫ぶのは、今日見張りをしていた男だ。

 非常に慌てているが、恐れる様子はない。であれば再度襲ってきたということはないだろう。


「すっごい美少女の騎士だ!」

「なに?」


 その報告に、グレイは疑問符を浮かべながら立ち上がった。



 ◇



 貧民街の入り口まで走れば、整列した数十名の人間が見えてくる。統一された装備を身につけ、非常に威圧感があるが敵意は感じない。

 その中で一番目を引かれるのは指揮を執る少女だろう。


 消えてしまいそうなほど儚い少女は、長く白い髪を後ろで縛り、テキパキと部下達に指示を出していた。

 とてもこの場に似つかわしい少女に見えない。その儚さは、社交界の花になるであろう令嬢のものだ。

 しかし彼女は誰よりも強き騎士である。


「よお姫騎士、三日ぶりだな。何か用か?」

「うん……今回の件、調査に来た」

「なるほど。理解した」


 非常に簡素なハクアの言葉で、グレイは察したらしい。

 ギャング達を捕まえたから終わりではなく、薬物の製造していた場所を調査したり、聞き込みをするというのを想定していたことだ。


「できれば協力して、欲しい。ここについて……私達は何も知らない」

「ああ、それは良いぜ。トラブルにもなりかねないしな」


 どうぞご勝手に、と言えば勝手を知らぬ彼女らは住人と問題を起こしかねない。

 そこはグレイがちゃんと案内するべきだろう。


「そうだ。案内はするが……ちょっと残党狩りの協力をしてくれないか?」

「残党?」

「ギャング共のな。俺達も人手がいなくて大変なんだ」

「それなら任務の範囲内。無論」

「助かる。じゃあ行くか」


 人手不足という問題を、姫騎士とその部下を使うことで解決したグレイは意気揚々とハクア達を案内する。


「総員、出発」

「「「はっ!」」」


 今回連れてきている三十名ほどの男達は、非常に規律が取れていた。

 ガイデルのようにハクアに反抗する様子はなく、尊敬を見せてその命令に従っている。

 恐らく騎士ではないだろう。


「そいつらは?」

「ん? 今回は、王国兵団の者達」

「だから装備が違うのか」

「騎士は、ここだと、トラブルを起こす」

「……前見た感じだと、そうだろうな」


 王国騎士は魔術を使える貴族のみがなれる花形の職業だ。

 それ故に己が特別だと自負しており、魔術が使えない者を見下す傾向にある。特に決して魔術の使えないマヌル人は、彼らにとって猿も同義だ。


 対して魔術が使えない平民がなる兵士は、そういう差別意識が薄い。

 奴隷解放から三十年経ち、王都にもマヌル人が暮らすようになった昨今、マヌル人という理由で特別嫌悪する者も少なくなった。


 もちろん貧民街に住むマヌル人の犯罪者達はいるが、かつての常識に縛られた老人や、伝統的な教育を受ける貴族でもなければ人種を理由に差別することもないだろう。


「……そういえば姫騎士。お前は、俺達をマヌル人だと差別しないんだな」


 その中で、王族であり騎士であるハクアだけが、グレイ達をマヌル人だと差別することはなかった。

 罪を犯した犯罪者を嫌悪していただけで、マヌル人に特別な感情を抱いている様子はない。


「……別に、何も変わらない。ただ瞳の色が違うくらい」


 そう何となしに言うのは、貴族において非常に珍しいと言わざるを得ない。


「貴族は過去の慣例からそういう人種を意識させる教育を受ける、なんて聞いたが?」

「受けたけど、私は、そう思えなかった。ただ、私が変なだけ」

「……それはお前が、良い奴ってことだろ」

「そうかな……」


 並んで歩きながら、二人はそんな会話をする。

 それを見つめるのは兵士やグレイの部下達だ。


「あいつ、何なんだ?」

「ハクア様と気安く話しおって……」

「羨ましい……貴族には見えないが……」


 兵士達は、一切気負わずハクアと話すグレイに何者だという視線を向けていた。

 姫騎士ハクアと言えば平民では決して会えぬ天上の人間だ。その美貌と活躍故に多くのファンもいる。

 だというのに貧民街のよくわからん男が気安く話しかけおって。兵士達の中で嫉妬が渦巻いていた。


「兄貴、姫騎士様と友達のように話すなんて。度胸えぐいっす……」

「姫騎士様ってめっちゃ可愛いな」

「わかる。見てるだけでドキドキしてきた」


 ゴーズはその度胸に舌を巻き、他の者達はハクアを遠巻きに眺めてはコソコソと話し出す。

 王族であり、人形のように美しく、若くして多くの伝説を打ち立てたハクアと並んで歩くのに緊張感を欠片も見せないなど、彼らには考えられなかった。


「……何か、騒がしいな」

「そう……」


 そんな周囲の者達を、二人は大して気にしていなかった。

 グレイにとってみれば人なんて誰であろうが変わることはない。国王だろうが、貧民街の孤児だろうが、グレイから見れば同じ人間だ。


 そもそも教育を受けたこともない上に、貴族という存在がもはや雲の上すぎて、正しい態度なんてグレイは知らない。

 ただ無知なだけとも言えた。


 あるいはこのグレイの態度は、これほどの図太さや豪胆さがなければ貧民街の主などできないという証明でもあるだろう。


 ハクアはそんなグレイを見つめ、ふと口を開いく。


「あなたは、何で恨んでないの?」

「ん。何がだ?」

「私は、あなたの、大切なものを壊したのに」


 ハクアは問いかけるようにグレイの目を見つめていた。

 彼女はグレイの態度が不思議なのだろう。


 この一連の会話の中でも、グレイはハクア達に敵意を欠片も見せてない。此度の一件を考えればありえぬことだ。

 なのにどれだけ取り繕おうとも、漏れ出るものすらグレイにはなかった。


「……まあ、ガイデルの野郎は許さない。仲間を侮辱した奴らもだ。だけどだからといって、騎士全員を憎むつもりもないし、誠意を見せてくれたお前を憎むつもりもない」


 グレイはどこか遠くを見つめながら返答する。

 怒りも恨みも忘れてない。しかし坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、というような状況でないだけだ。

 もし仲間を殺したガイデルが目の前にいれば、怒りを露わにするだろう。


 対してハクアは仲間を直接殺してないし、侮辱することなく謝罪し、その後事情を理解して国に掛け合ってくれた。だから持っていた恨みは捨てたのだ。


「お前がガイデルみたいな奴だったら、許してねえだろうな」

「……そっか。凄いね。そう思える人、なかなかいない」

「そうか? ……まあ、事前に貧民街がどういう場所なのか調べててくれたら、ウェンデル達も死ななかった。という思いがあるのは確かだがな」

「っ、ごめんなさい」

「過去のことだ。もう気にしてない」


 取り返しのつかないことをネチネチと言ってもしかたがない。ハクアはもう二度と同じ過ちは繰り返さないだろう。

 故にグレイは苦笑するが、ハクアはその事実に目を伏せていた。


「さてと、ゴーズが目星をつけた地点まであと少しだ。逃がしたくない、相手が気づく前に一気に仕留めるぞ」

「了解……」


 会話はそこで一旦終了とし、意識を切り替える。

 ハクアはグレイの言葉にコクリと頷くと、ハンドサインで兵に指示を出した。

 それで一気に空気が変わるのは、彼らが王国兵団の中でも精鋭部隊である証だ。


「…………」


 そしてハクアは黒い布を取り出し、己の目を覆うように巻きつける。

 それをグレイは横目で見ながら問いかけた。


「なんでそんな布を巻くんだ?」

「必要な、物だから」

「……なるほど」


 多分触れて欲しくないのだろう。簡素に答えたハクアに、それ以上は追及しない。

 綺麗な目を覆い、視界を塞ぐ意味はわからなかった。それで見えているように振る舞えるのも、理解できなかった。


 人間という生物の範疇からはみ出た姫騎士というのは、常人に理解できる物でもないのだろう。


「行こっか……」


 こうしてグレイ達と姫騎士と王国兵団との共同戦線が始まる。

 しかしグレイは横目でハクアを見続けていた。


「お前は……」


 グレイだけが、何かに気づくよう顔をしかめていた。

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