第十話 壊れかけの英雄

 姫騎士ハクアは何か似ている。


 それは非常におこがましい言葉かもしれないが、グレイは彼女を見てそんな思いを抱いてしまったのだ。


 ハクアはグレイと同じように沢山の命を背負っている。

 それを守るために、張り詰めて頑張っている。

 そこがとても似ていて、グレイは彼女に共感できた。


 元々人のことは良く見る方だ。

 孤児達のリーダーから東地区のリーダーになるまで、多くの人と関わって来たからこその癖だった。

 グレイはずっとハクアのことを観察して、故に彼女の真意がわかった。

 そして共感した。


 張り詰めて、誰かのために頑張るのは時にしんどい。


「……まあ、俺とあいつは決定的に違うか」


 しんどいが――グレイは仲間のために命を懸けることを恐れないし、苦しいとも思わない。しんどいと思うこともあれ、大切な仲間がいるから折れることなく立ち向かえる。


 しかしハクアはそこが違う。

 ハクアはただただ、しんどいのだ。グレイのようにどれだけ大変でも守りたい者がいない。

 グレイは東地区の主であることを誇りに思うし、そのために命でもかけられる。

 だけどハクアは姫騎士に誇りなんて感じていないし、このままだと潰れてしまうほどに苦しんでいる。


 似たようなものを抱えていても、二人はまったく違う思いを感じていた。

 故にハクアに、あんなことを言ってしまったのだろう。


「……はあ。柄にもないことしたよ。……ウェンデル」


 グレイはそう呟いて今までの思考を振り払うと、目の前の墓に声をかけた。


 そこには新設された新しい墓が五つあって、その前にグレイは佇む。ここは貧民街にある墓地だ。

 普通は中央の巨大な墓石に名が刻まれるだけだが、多くの者を守った功績で個人の墓が五人には建てられていた。


「みんなが命がけで守ってくれたから、ちゃんと俺達の故郷はある。お前らを殺した奴は、ボッコボコにぶん殴っといたよ……それを望むかは知らないけどな」


 そう言って墓に供え物をし、グレイは手を合わせた。

 祈りを捧げ、彼らの勇姿に感謝をした。


 そして墓に踵を返して――


「あっ……」

「ん? ……なんで、こんな所にいるんだ?」


 なぜか背後にいたハクアと鉢合わせ、驚きで目を見開いた。




 グレイは一切の気配がないその隠密力に驚くが、それが姫騎士の力だろうと納得する。

 一方ハクアはグレイが何をしていたか察して、言葉がでないのかもごもごとしていた。


「あ、その……ごめんなさい。この、墓は……」

「……お前は俺達の味方してくれたからな、気に病むな」

「そう、かな? ……でも、責任を、取らないと」

「……じゃあ、あいつらのために祈ってくれると嬉しいよ」

「うん……!」


 グレイの言葉に足を踏み出し、墓の前に来たハクアは手を合わせた。

 目を瞑れば真剣に祈りを捧げ、彼女には本当に謝罪の気持ちがあるのだろうと感じられた。


「本当に、ごめんなさい。謝罪したとしても取り返しのつくことじゃないけど、遺族への賠償金も、王国騎士団は用意している」


 ハクアは罪の意識を抱えて、深々と謝罪した。

 上司として全ての責任を取り、彼女だけが頭を下げる。その姿に感じるのは哀れみだ。上層部の責任も、部下の責任も、全てを十八の少女が取り、頭を下げる姿にはえも言えぬ気持ち悪さを感じる。

 だからグレイは、彼女を許す。


「その謝罪は、受け取った」

「うん……」

「……騎士団がそんなことまでしてくれるとはな」

「……私が言ったから、そうなった。ごめんなさい。彼らには謝罪の気持ちがない。マヌル人が死んだだけ、って……そう思ってる」

「だろうな。わかってるよ」


 ハクアがいなければ騎士団は何もしなかっただろう。罪無き住人を殺めてしまったとしても、それがマヌル人である限り忘却して仕舞いだ。

 それが王国騎士団だというのを、グレイはよく理解していた。

 だからだろうなと思うだけで、怒りはとっくに通りすぎている。


「姫騎士様は……噂通りの善人らしいな」

「別に……善人ではない。私には、何もないだけ」

「……そうか」


 ハクアはそう言って首を振るが、確かに彼女は善性の存在だ。

 それ故に、苦しんでいるのだろう。


「……で、今日は何しに来たんだ? まだ数日後だと思っていたが?」


 グレイは一旦は話を変え、ハクアがなぜここにいるかを聞いてみる。

 それにハクアは少し慌てた。


「っ……それは、その。あなたが、変なこと言ったから」

「っ、ああ。……それはすまなかったな。不躾に言わなくて良いことを言った」

「……ううん……事実。その通り、だと思う」


 結局グレイが突きつけてきたのは、見たくなかった真実だ。

 全部グレイの言葉通りだし、恐らくハクアはいずれ潰れる。


 姫騎士という責務はハクアに重すぎて、ギリギリで持っているような状況だった。

 そしてそれに、グレイ以外の誰も気づいていない。


 いずれ何かが壊れて決壊するように、姫騎士ハクアは壊れるだろう。


「……あれだ、少し休んだらどうだ?」

「無理。私は完璧な姫騎士であらないといけないから」

「それはしんどいな。姫騎士であることは、止められないんだな」

「うん。それが私の責務だから」


 ハクアは首を振った。姫騎士という立場からは決して逃げず、潰れてしまうその時まで頑張り続けると断言する。

 それはとても悲しくて痛々しい姿だ。


「何でそこまで、無理するんだ」

「……多くの命を守らないといけない。それが力を持った者の義務」

「だけどそれで潰れたら意味ないだろ」

「完璧であらないといけない。弱味は見せられない。姫騎士であり続けないといけない」


 ハクアは何かに固執するように、そんな呪文を唱えていた。

 目には光が映っておらず、誰かが掛けた呪縛がハクアを縛っているように感じてしまう。

 それを仕掛けたのは多分とても醜悪な存在で、ハクアを囚らえ続けている。


 そこから助け出す術を、グレイは知らない。

 そもそも仲間ではない赤の他人だ。助ける義理もない。

 だけどなぜか、放っておけなかった。彼女の闇の深さが、見ていられなかった。


「……少し、座るか」

「え?」

「姫騎士であり続けないといけないんだろ。じゃあその手助けぐらいしてやる。抱え込むな。全部吐き出せ」


 墓地に設置されたベンチに腰掛け、グレイは横をトントンと叩く。

 それに迷いを見せながらも、ハクアはそっと横に座った。


「…………」


 数秒ほど沈黙が訪れ、グレイは口を開く。


「辛かったな……」

「うん……」

「お前自身は何を思っている?」


 グレイが問うのは、彼女の抱える本心だ。

 誰にも話せず心の奥底に封じていたそれを、吐き出させようとその目を見つめる。


「……ほんとはね、戦うの嫌い。人を殺すのも、嫌」


 グレイの言葉に導かれるままに、ハクアはポロっと本音を溢した。

 それはグレイが何を言っても受け止めてくれるだろうという雰囲気を持っていたから。

 何を言っても良い。だから全部吐き出すのだ。


「姫騎士は、辛い。皆の期待も、重い。誰かと戦うのも、姫騎士であり続けるのも、全部、嫌」


 一度決壊すればもう止まらない。

 何年も己の中にため込み続けた苦しみを、グレイにぶつけるように全て吐露する。

 グレイはそれを、黙って聞いていた。


 だからハクアは、安心して心の内を明かせたのだ。

 隠して、張り詰めて、死に物狂いで歩み続けた姫騎士の苦しみを。


 本当は姫騎士でありたくないし、本当は戦いたくない。

 今すぐこの力を捨てて、普通の人生を歩みたい。


 ハクア・G・クリスタは脆い少女だ。

 その精神は姫騎士にあらず。騎士は彼女にとって最も似つかわしくない職業とまで言えるだろう。


「辛かったな……」

「うん……」


 グレイはハクアに期待なんてしていない。姫騎士であることを求めない。ハクアの真意を尊重してくれる。

 誰も彼もハクアに偶像たる姫騎士を求めるから、そんなグレイの態度が心地よかった。

 

 彼なら受け止めてくれるという、グレイの持つ雰囲気にハクアは安心していた。

 なぜグレイに多くの仲間がいるかわかる。こうしてちゃんと、受け止めてくれるからだ。


「でも、私は姫騎士であり続けないと、いけない」


 そうしてグレイに全てをぶちまけて、ハクアはまた現実を受け止めた。


 力を持って生まれてしまった以上、逃れられぬ運命がある。たとえ潰れてしまう未来だとしても、歩み続けないといけない道だ。

 限界まで頑張って、心を壊して死に逝く道を、ハクアは歩んでいた。


 その姿が、グレイはあまりに痛々しく見える。


「……俺にできるのは愚痴を聞くぐらいだ」

「うん。大丈夫、だよ」


 グレイとハクアは、本来交わるはずのない二人だ。

 貧民街の有力者程度では、その運命を変えることなんてできやしない。

 でもだからと言って見捨てることも心が痛んだ。


「よし! じゃあ……行くか」

「ん。どこへ?」

「ストレス発散だ。その辛さ、少しは軽減すると思うぜ」


 グレイは己ができる最大限で、ハクアを癒してやろうとそう笑いかけていた。

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