第二十三話 マヌルの力
「ん? 姫騎士様が来てたのか。何かしてたのか?」
「い、いや! なーんにも! 何にもしてねえよ。大丈夫! それで何だって?」
扉を開けたのがカストロンで助かった。グレイは内心そうほっとする。
これがリズリーなら嫌味を二十個は言われたところだが、幼馴染の中で一番頭からっぽなカストロンなら、今のシーンを見られてもスルーするだろう。
「そうか。まあいいか! それでグレイ、狩りに行こうって話しだ。そろそろ子供達も肉食いたいだろ」
「あー。確かにその時期か。あいつらの為にも肉は狩りに行きたいな」
「だろ。買ったら高いし、一狩りいくぜ!」
そう言ってカストロンは剣を掲げる。
食糧問題が根強く残る貧民街では、マヌルカ芋以外安定して採れるものはない。
特に肉は王都で買うしかなく、貴重なものだ。
それを補うため、グレイ達はこうして定期的に狩りに行って肉を貧民街へもたらしていた。
「動ける奴らはすでに動かした。俺達も行くぞ! もちろん一番危険な所な」
「西にある山だろ。行くのは良いが……」
グレイはチラっと首をかしげるハクアを見た。
今日は休日と聞いているので、長く共にいたいだろう。それはグレイも同じだ。
「ん。山に行くの?」
「ああ……西の山だからな、訳あって今日じゃないとキツイ」
「そう。じゃあ私も行く」
「良いのか? でも、その格好じゃ……?」
共に行くと言ったハクアの言葉で全身を見てみるが、とても山に行ける服装ではない。余所行きのワンピースで険しい山にいくなど、自殺行為でしかないだろう。
「問題ない。これでも、姫騎士だから」
「ほんとに?」
「無問題。安心、して」
「なるほど」
不安にもなるが、ハクアはただの可愛らしい少女ではない。
人類に生まれた特異点とも言える最強の一面を持っている。
「狩りは、危険。私がグレイを守る」
「そうか……じゃあ一緒に行くか」
「姫騎士様がいたら百人力。いや、千人力だな! 早速行くぞ!」
カストロンは姫騎士が同行することに有頂天になり、さっそうと家を出ていく。
確かにハクアがいれば、危険は一切ないだろう。
◇
王都から西へ数キロ進めば、険しい山が見えてくる。
この周囲の開発が進んでいないのは、恐ろしい獣達の住処だからだ。
故に立ち入れるのはグレイとカストロンという貧民街が誇る最強の二人だけ。
二人は毎月この日に山を訪れ、獣を狩り、それを持ち帰るのだ。
そんな肉を子供達は楽しみにしており、非常にやりがいを感じている。
「ここも、久しぶり、だな」
そんな狩りに、ハクアは物珍しそうに参加していた。
「姫騎士様も来るのか。俺達だけかと思ってたぜ!」
「うん。王都に、来ないように。たまに間引くのも仕事」
「たまに王国騎士団の奴らが来てるよな。ちゃんと見ろよカストロン」
「そうなのか。それは知らなかった。ベンキョーしないとな!」
そんな気楽な会話をしながら、三人は森を歩く。
非常に緊張感のない雰囲気であるが、それは見かけだけ。グレイもカストロンも、一切油断せず周囲を警戒していた。
「ハクア、大丈夫か?」
「問題ない」
「ならいい。まあ後ろで見てろ」
グレイとカストロンはちゃんと装備を調えているが、ハクアは来たときの同じ服装だ。
おしゃれなウェッジサンダルにワンピースと山を舐めまくっている恰好だが、ハクアを包む透明な膜が全てを守る。
軽やかな足取りでグレイ達の後をついていき、危険がないか見守る彼女がこの場で最も強かった。
「危なくなったら、加勢する」
「問題ない。安全のためにこの日にやってるからな」
「……? そう……?」
グレイの言葉はよくわからないが、危険がないならそれでいい。
とにかく怪我をしないことを願い、二人の背を見つめていた。
「どうだ?」
「あっちだな! 多分熊だ。気をつけろ」
「一番ヤバい奴じゃねえか。だが一番デカくて肉が沢山とれる」
「はっはっは! 固くて臭いのが難点だけどな!」
「それは調理でどうにかしよう」
そう言い合った二人は、一気に空気が変わった。
グレイは一本の剣を構えて足音を消し、カストロンもそれに続く。ハクアもそれを察し、元々消していた気配を極限まで薄くしていく。
グレイの目は、茂みの奥にいる獣を確かに捉えていた。
「やっぱり
「ここに棲む獣達はほぼそうだろう。だがそれを覚悟で来ているのだ」
「ああ。行くぞ」
ノソノソと森を二足歩行である熊は、凡そ四メートルはあるだろう。
普通の熊よりも一回り大きく、瞳は血走っている。ふうふうと息を吐き、明らかに普通じゃない様子が見て取れた。
これも奴が、暴獣化しているからだ。
獣が凶暴化し、凄まじい戦闘力を得る暴獣化という現象についてわかっていることは少ない。
全ての獣に確認されており、その中でも熊は最も恐ろしい。
魔術を使える騎士が十人でかかって仕留めるほどの戦闘力を誇り、まず単騎で戦いを挑むのは愚策と言える存在だ。
「グレイ。暴獣化した熊は危険。手伝う」
「大丈夫だ、問題ない。カストロン、サポート頼む」
「おう!」
小声で会話をし、グレイは一気に熊へと踏み出した。
「グルルル。グオオオオオオオオ!!」
暴獣化した獣は、非常に凶暴だ。
本来戦うべきではなく、他の場所に行って暴獣化していない獣を倒した方が百倍安全だった。
それでもここに来るのは、グレイの修行も兼ねた行為だから。
「早いな。でも、問題ない」
大木すらバターのように切り裂ける爪の一撃を華麗に避けると、グレイは剣を構えて一気に跳ぶ。
そのまま滑らせた刃は、熊の右目を抉り取った。
「グルオオオオオオオオオオ!!??」
するとその痛みで絶叫した熊は、無茶苦茶に暴れだす。
かすっただけで周囲の木々は倒木し、一瞬で森に空白地帯を生み出していた。
その中でグレイは、恐ろしい速度で避け続けると熊を切り刻んでいく。
暴獣化したことで強固になった毛皮すら、熟練の剣術で的確に刃を入れていた。
「グレイ……」
その武闘に、ハクアはただただ引き付けられた。
カストロンが援護をしているが、その戦場はほぼグレイ単騎での戦いだ。
熟練の騎士が十人がかりで倒す熊を、グレイは真正面から打ち破ろうとする。
その戦いは、荒々しくも美しい。
戦いなんて嫌いだが、愛しい人の勇姿がハクアの心を燃え上がらせる。
ただグレイだけを見つめ、その顔や剣捌き。一挙手一投足すらハクアの目は逃さない。
「さあ――終わりだ」
熊は、グレイに手も足もでなかった。
たった一体で小さな村くらいなら滅ぼしてしまう暴獣化した熊が、まるで赤子のように翻弄される。
「グル――アァァ…………」
そして刃はキラリと光り、その首を華麗な技術で切断した。
熊はグレイに傷一つ付けらず、絶命したのだ。
「おーし! お疲れグレイ! さすがの戦いっぷりだな」
「腕が落ちてなくてなによりだよ。サポートありがとう。助かった」
「はっはっは! いいってことよ!」
軽く熊を倒したグレイとカストロンは称え合う。しかしハクアは言葉がでなかった。
グレイの勇姿に見惚れていたのもあるが、その強さの意味がわからない。
マヌル人は魔術が使えない。ハクアは劣等種などと言うつもりはないが、魔術が使えないことで生まれる差は確かにある。
だというのにグレイは魔術が使える騎士十人より強い。あるいは最強の証である騎士団長よりも強い。
なぜ、それほどに強いのだろう。
「ん、どうした?」
「あ、えっと……グレイ、強いね」
「だろ。頑張ったからな」
「だな! 師匠と一緒に血の滲むような努力をした!」
「師匠……?」
カストロンが放ったその言葉に、ハクアは疑問符を浮かべる。
「ああ。俺達の師匠だ。めちゃめちゃ強い人で、その人に鍛えられたから今があると言っても過言ではない」
「そう……でも、それにしても、強すぎない?」
グレイの強さは鍛えられたからで納得できる範囲を超えている。
あまりに高い身体能力は、確実に人間の範疇から逸脱しているだろう。
「あー……それはだな」
「言っていいのか?」
「……うーん」
ハクアがそう問いかけたからか、グレイ達は顔を突き合わせて悩みだした。
「何か、秘密があるの?」
「まあな……でも、師匠には言うなと言われている。知られることが、危険だと」
「そう……」
「特にマヌル人以外には絶対言うなと言われているのだ! なあグレイ」
「ああ……だけどハクアなら、まあ」
かなり心を許しているハクアにすらここまで躊躇するなら、その言いつけは深くグレイに刻まれているのだろう。
それを知りたいという気持ちは確かにある。だがグレイを困らせたいわけではないのだ。
「別に、いいよ。言えないなら、無理に聞かない」
「そうか? ……師匠に会えたら言って良いか聞いてみる」
グレイは申し訳なさそうにそう言って、最後に一つ付け足した。
「まあ今一つ言えるなら、俺達は別に劣等種じゃないってことだ」
それがグレイに言える、最大限なのだろう。
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