第二十四話 束の間の逢瀬

「じゃあ、一っ走り応援を呼んでこよう!」

「ああ。頼んだぜ」


 暴獣化した熊を倒して三十分後。下山した二人は、そんな会話をしてその場で別れていた。

 伸びをし、凄まじい身体能力を発揮してカストロンは走り出す。彼の足なら王都まで一瞬でたどり着くだろう。

 その背中をグレイとハクアは見つめた。


「じゃあカストロンが応援呼んでくるまで待つとするか」

「そうだね」


 二人が残り、カストロンが応援を呼びに行ったのは熊の死体を運ぶためだ。

 非常に巨大な熊を、グレイとカストロンは恐ろしい怪力で山の麓まで運んだが、そこから王都までとなるとそうはいかない。


 ということで運ぶための道具や人員をカストロンが呼びに行き、その間他の野生動物達に食われぬようグレイが見張る。

 それがいつもの布陣らしい。


「ハクアは大丈夫か?」

「問題ない。これぐらい、慣れてる」

「まあそうか」


 グレイはここまで涼しい顔してついてきたハクアを気遣うが、彼女は姫騎士。

 多くの戦場に立ったハクアに心配は杞憂だった。


 ということで二人きりになったグレイは、熊を視界にいれつつも離れ、近くにあった平岩に腰を下ろす。


「グレイの剣術も、その師匠さんに教わったの?」

「ああ。全部、何もかもだな」


 そして二人はたわいもない会話を始めた。


「その剣業物っぽいけど……それも?」

「そうだな。この帽子や服もそうだ。遥か遠くの国で作られたものらしい」

「遠くから来たんだ」

「だと思うぜ。よく分からないけど。俺達にいろいろ教えて、すぐにどっか行っちまった。数年に一度しかもう会ってない」


 そんな会話をしていれば、ボーっと立っていたハクアはグレイのすぐ横に腰を下ろす。

 他にも座るに適した石はいっぱいあったが、それを無視してグレイの隣をハクアは選んでいた。


「…………」

「ん、なに?」

「いや。今の俺は結構汚れてるから。あまり、近づきすぎないほうが良いぞ」


 ハクアが横に座ったことはとてもドキドキするし嬉しいが、それはそれとして一戦終えたグレイはハクアの横に座るにふさわしくない。

 故にそう告げたが、ハクアは何も気にしていなさそうだった。


「何度も戦場には、行ってるし。汚れとか慣れてる」

「そうか? まあハクアが良いなら良いけど」


 ハクアの言葉通り、彼女は温室育ちのお姫様ではない。ハクアを一般的な姫に当てはめて考えるのは良くないことだろう。

 戦場に行くとなれば自分も汚れるし、耐性がなければ姫騎士にはなれまい。


 ハクアはグレイが汚れていることなど一切気にせず、この貴重な時間を楽しむように口を開く。


「グレイ、今日は、かっこよかった」

「ど、どうした当然」

「思ったことを、言ったまで、だよ」

「……そ、そうか。まあ、なら、良かったか」


 ハクアはとても褒めてくれる。目を見るとそれを本心から言っていることがわかり、好いてる子から格好いいと言われるのは男冥利に尽きるものだ。


「……鍛えてるんだね」

「俺が弱いとみんなが危険に晒されるからな」


 横に座るハクアは、そっとグレイの腕に触れる。

 軽く触っただけでその筋肉がわかるだろう。仲間達を守るために、鍛えたグレイの証だ。


 しかしこれだけでは間違いなくあの身体能力はありえない。

 ハクアはグレイの秘密を探るべく、さわさわと筋肉を触りだした。


「あー。ハクア?」

「ん?」

「……何でもない」


 ハクアの行動に、頬を染めながら鼓動を早くするのがグレイだ。

 どうにもハクアの猛攻が止まってくれない。二人きりになった途端、急に積極的になる。

 それも彼女の焦りなのだろう。

 未来がないことがわかっていても、己のどうしようもない思いに身を委ねて行動している。

 ハクアは今を生きていた。


 なら自分もそうして良いのだろうか。そうグレイは考える。

 異人種の姫との恋が成就するはずがなく、この関係は涙を呑んで絶つべきもの。

 だけどこの思いに、グレイは身を委ねたくなった。


「ハクア……」

「ふぁ……っ。グレイ?」


 グレイもまた、攻勢に出る。

 ハクアの肩に手を置いて、グイっと側に引き寄せる。


 今までハクアからしか触れなかったが、勇気を出してグレイからその身に触れた。

 するとハクアはビクっと震えたのだ。


「あ、すまん。ちょっと、どうにかして」

「う、ううん! い、良い! グレイなら、その……嬉しい」


 ハクアの見せた驚きを拒絶と受け取ったグレイはすぐに手を離すが、ハクアは慌てて距離を詰める。

 初めてグレイから距離を詰めようとしてくれたから、ハクアもそれを逃すまいと慌てだした。


「あー、えっと。じゃあ……」

「ん……」


 許可が出たから、グレイはそっとハクアの肩に手を置いて抱き寄せる。

 ハクアはそれに一切逆らわず、グレイに身を預けていた。

 恋人のように触れ合って、気恥ずかしさから沈黙が訪れる。


「グレイ、は……固いね。男の人の、体」

「痛かったりするか?」

「ううん。なんか、安心する」


 筋肉質なその体に、ハクアは安心感を抱いていた。

 騎士よりも、暴獣化した獣よりも強い男に抱かれて、抱えていた不安や恐怖が解けていくよう。


「グレイ、ドキドキしてるね」

「っ。聞こえるか?」

「うん。凄い音」


 胸に直接耳を当てているわけでないのに、ハクアにはグレイの鼓動が聞こえたようだ。

 ハクアの耳が良いのか、あるいはグレイが緊張しすぎているのか。


「私のせい?」

「当たり前だろ……こんなの、初めてだし」

「そうなんだ。なら、嬉しいな」


 その言葉に機嫌を良くしたのか、ハクアはグリグリと頬ずりしてきた。

 ずっと戦い続け、恋など二の次で生きてきたグレイにハクアはあまりにも毒だ。

 幾度となく修羅場を掻い潜ってきたが、その時以上に胸が苦しい。ハクアという少女が、グレイをおかしくさせるのだ。


「んぅ……くすぐったいな」


 思いのままに、そっとハクアの髪に触れる。

 汚れがないほど純白で、長く綺麗な髪だった。本当に、なぜ彼女は白いのだろう

 クリスタ人なのに白眼というのが特殊なのに、白髪というのも珍しい。


 理由はわからぬが、ハクアが特別であることは確かだ。


「綺麗な髪だな」

「そう? ……昔は、嫌いだった」

「こんなに綺麗なのにか?」

「家族がみんな金髪なのに、私だけ白かったから」

「ああ……それは、辛いな」


 ただ色が違うだけ。そんな簡単な話ではないだろう。

 目の色が違うだけで争い続けるこの世界で、髪の色まで違えば辛い人生が待っていることは想像に難くない。

 もしその魔術がなければ、ハクアはより不幸だったはずだ。


「グレイが、気に入ってくれたなら、よかった」


 そう言って、ハクアは微笑んだ。


「グレイは、どんな髪が好き? もう少し、短いほうが、良いかな?」


 ハクアもまた、己の長い髪に触れる。

 切るのがめんどくさいという理由で伸ばしっぱなしにしているが、グレイが短髪が好きならバッサリと切るつもりだ。


 自分自身にはこだわりがなく、好きな人の好みになりたい。

 それがハクアの思いだった。


「んー……今のハクアが、一番良いと俺は思う」

「そう? なら、よかった」


 ハクアは安心したように微笑んだ。

 その笑みはとても幸せそうで、この時間が永遠に続いて欲しいと願うよう。


 ここは、ハクアにとって楽園だ。

 好きな人と一緒にいれて、姫騎士である必要がない。

 ただのハクアとして生きていられるここが愛おしい。


「ハクア……」

「なに?」

「いや……何でもない」


 でも二人とも、確信を言葉にはしなかった。

 それが二人がギリギリで保っていた理性なのだろう。


「ずっと、続けば良いな」

「そうだな。そんな夢を、俺も見ていたいよ」


 愛し合う男女というのは質が悪いものだ。

 二人きりになれば、こうして思いを伝え合う。この愛おしさの全てを余すことなく伝えたかった。


 だがこれも、死を前にして足掻く生物と同じ行動と言えるだろう。

 この先がないことを二人もよくわかっている。

 いずれプツンと終わりが来ることを知っている。


 だからハクアは後悔しないように、できうる全力でグレイに思いを伝えていた。

 それはグレイも同じだ。

 恥ずかしいとか思っている暇はない。


 本来相容れるはずなき二人の恋など、明日終わってもおかしくないのだ。


 今日もまたねと言って別れるが、二人ともわかっている。

 隠し通せるものでもなくて、ふとした切っ掛けで終わるのだと。


 それは多分――




「――さてハクアよ。なぜ、呼ばれたかわかるか?」


 ハクアを支配する、父たる王がそれを許さない――

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