姫騎士殺し
天野雪人
前編
プロローグ 英雄になるしかなかった少年
その日々の記憶は、ずっと脳裏に焼き付いていた。
薄い布みたいな毛布に包まれて、寒さに凍えながら身を寄せ合う。息を潜めて隠れながら、人の体温だけが心と体を温めてくれた。
それはとても寒い冬のことだ。
そこには子供達しかいなかった。
全体を見渡しても、最年長で十二歳程度。大人の影は欠片もない。
つまり身を寄せ合う子供達は、全員親という存在をとっくの昔に無くしていた。
ここはそんな孤児達の最後の砦だ。
親なき貧民街の孤児にとって、生き延びるためには他者との協力しか道はない。
その結果生まれたのが、この小さな孤児の集団だった。
しかし協力したとしても、毎日お腹いっぱい食べられるわけでも、安心して眠れるわけでもない。
なぜ生きるのか疑問を抱きながら、必死に生き続ける日々だ。
死にたいほどに辛くて、故に誰かが心を奮い立たすように希望を叫ぶ。
「なあ、姫騎士って知ってるか?」
それは一番明るくて、一番年長の子が言った言葉だ。
「知らねえ」
「なんだよグレイ。ちゃんとベンキョーしろよ!」
グレイと呼ばれた少年は、首を振りながら毛布に顔を埋める。
グレイは姫騎士なんて聞いたこともなかった。
「姫騎士はな、サイキョーの騎士なんだ。悪い国と戦って、みんなを守る正義のヒーローなんだぜ」
「へー」
「だからさ……俺達だって、いつかは。助けてくれる、はずだ……」
一番年上だから、みんなの心が死なないように彼は言うのだ。
しかし誰にも、その言葉が響いていない。
「姫騎士って言ってもな、まだ幼いんだって。だから俺達のところに来てくれないんだ。あと一年とかしたら、多分……来てくれる!」
「だと良いな」
そう肯定しながらも、グレイはわかっていた。助けられる日は一生来ないのだと。
周囲の大人は誰も助けてくれないのに、見ず知らずの騎士が助けてくれるなんてただの夢物語だ。
みんな知っている。だからその言葉に希望を抱けない。
それがわかったから、声を上げた少年も肩を落として目を瞑った。
「……外が、うるさいな」
「ギャング達だ。見つかった。俺達、殺されるのかな」
ここに希望なんてない。
御伽話のヒーローなんて現れない。
「行ってくる」
「グレイ……」
「姫騎士の代わりにはなれないけど、俺がそれぐらい守れるよう努力するわ」
ヒーローは決して現れないから、己がヒーローになるしかないのだ。
「逃げた方がいいだろ。相手は武器持ってるギャング共だ」
「逃げるだけじゃ駄目だ。戦わないといけない。じゃなきゃ全員死ぬ」
孤児達のリーダー、グレイはそう言って、錆びた剣を引きずりながら歩き出した。
その目には恐怖がない。グレイの目は闘志が揺らぎ、覚悟が決まった戦士の眼だ。
しかしそれを、齢十の子供が宿すなど考えられなかった。
「グ、グレイ! だい、じょうぶか?」
「ウェンデル……問題ねえよ」
一番臆病で小さな少年は、戦いへ挑むグレイを引き留める。
しかしグレイは笑って安心させるようそう言った。
「俺が、やる……」
グレイはチラリと背後を見た。
震える子供達がいる。悪い大人達に惨殺されてしまうと、恐怖に支配されているのだろう。
だからグレイは彼らを守る。
その小さな背には、何十人という子供達の命が乗っていた。
「見つけたぞ、クソガキ共!!」
扉を蹴破り、数人のガラの悪い男達が入ってくる。
彼らは一様に殺気を飛ばしており、子供だからとて容赦するつもりはないのだろう。
「すまねえな。仲間が死にそうだった。治療するためには金が必要だったんだ」
「下らねえこと言うな、やれ!」
ギャングに睨まれた理由は単純で、仲間を助けるために彼らから金を盗んだから。
貧民街で治療を受けるには、たとえヤブ医者でも大金を払うしかない。
ここでそんな大金を持っているのは、他者から搾取することでデカくなったギャング達だけだ。そして何も持たぬ孤児達は、彼らから盗むしかなかった。
その結果がこれだ。
一人では決して生きられないし、協力したとしてもこれが末路。
もしここから生き延びるためには、やはりヒーローがいる。
噂に聞く姫騎士のように、みんなを守ってくれる英雄がいる。
「クソガキが! 死ね!」
しかしそんな者はいないから、グレイがなるしかないのだ。
どれだけ幼くとも、傷だらけになりながら大人相手に戦い守る。
そんな英雄に、なるしかなかった。
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