第十一話 作戦開始
クリスタ王国王城では、日々怒号が飛び続ける。
その声の主たる国王バルカンは、日夜頭を悩ませていた。
「ええい。何か案がある者はいないのか! あと少しなのだ。ハクアが帝都さえ落としてしまえば、大陸統一は目前だというのに!」
当たり散らすように叫ぶバルカンは、余裕があるようには見えない。
だがそれは当たり前だろう。何十年も帝国と争った平野を支配し、さあ帝国を蹂躙しようという矢先でのハクアの逃亡だ。
ハクアがいれば帝都陥落は至極簡単なことだった。しかしハクアがいなければ全てが頓挫する。
故にどうにかしてハクアを引きずり出さねばならなかった。
そのために、頭を悩ますのだ。
力で引きずり出すのは不可能。人質を取ってみたが、ブチギレたハクアに反撃された。
求められるのは、ハクアを穏便に説得することだ。しかし黒い壁越しに国のためだの民のためだの言ってみたが、聞く耳一つ持ってくれない。
誰も引きこもるハクアを引きずり出せずにいた。
「……陛下。俺に良い考えがあります!」
「申してみよ、アバン」
会議室にて協議をする中で、第二騎士団長アバンが手を挙げた。
自信満々に胸を張るアバンに、バルカンは期待を持って進言を許可する。
「ハクア様と共にいるマヌル人に説得させるのです。ハクア様も好いた男……あーいえ、信頼している者からの言葉は聞くでしょう!」
「……その男がハクアと共にいるというのに、どう説得するのだ」
「……それは、その」
アバンが自信満々に打ち出したその策を、バルカンは冷めた瞳で追求した。
確かにグレイから説得すればハクアは戦場に戻るかもしれない。というかそのために先日は人質を取ったというのもある。
しかしその結果は散々なものだ。
アバンの浅はかな進言は冷徹に却下され、ばつが悪そうに目を伏せる。
「へ、陛下。……ですが、その。ハクア様はとても苦しんでいる様子。無理に戦場に連れ出さずとも良いのでは、ないでしょうか?」
策が却下されたアバンは、バルカン相手に引き下がることなくそう言った。
その目に映るのはハクアを心配する感情である。
これ以上無理に戦わせる必要があるのか。大陸統一などしなくてもクリスタ王国は十分に豊かな国。平野を勝ち取った時点で停戦でも良いのではないか。
そんな思いを持ったアバンの言葉だった。
「俺達王国騎士団が頑張ります。だから、その……」
「ならば貴様はアザール帝国を滅ぼせるのか?」
「っそれは……」
アバンの言葉も虚しく、バルカンは冷たく言い放つ。
それに言い返すことはできず、アバンはすごすごと引き下がった。
馬鹿で人間性は褒められたものではないと評されたアバンにとっても、ハクアは尊敬に値する人物だ。その他多くの騎士も、ハクアを信奉している。
だからこそ戦場から逃げたハクアに驚いたし、もし無理をして姫騎士であり続けていたのなら、それを痛ましく思う気持ちもあった。
それはハクアが必死で積み上げてきたものだ。
だがバルカンはそんなもの気にもしない。
あるのは己の欲を叶えようというドス黒い願望だけだ。
「レベルカよ、貴様の力でも無理か?」
「はい、陛下。不可能かと」
この場に多くの騎士や官僚がいるから言葉を濁すが、レベルカは己の呪術でも不可能だと断言。
それにバルカンは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「やはり粘り強い説得が…………」
レベルカは地道に説得するのが一番の近道だと進言しようとし、そこで言葉を切った。
「どうした、レベルカよ」
「……外で何か起きたようです。人の気配が消えています」
「なんだと!?」
レベルカはじっと会議室の大扉を見つめ、騎士や官僚達はその言葉に騒めき不安を募らせる。
「誰か、外を確かめよ」
「は、はい」
扉の近くにいた騎士が、その命令により外に出る。
そして数秒後、悲鳴が起きた。
「うああああああああ!!」
「どうした! 何が起こっている!」
「ぜ、全員倒れています! 兵も、使用人も!」
その言葉に慌てて会議室の外に出れば、そこには異様な光景が広がっていた。
見張りをしていた兵士は気絶したのか倒れており、メイドや執事。従者達すらも例外なく昏睡している。
その顔は穏やかなもので、誰も悲鳴をあげられず、疑問に思うことも無く倒れた様子。一流の暗殺者であっても神業としか言えぬ所業である。
「一体、何が」
レベルカも、真剣に場を見渡しながら息を呑んだ。
己ですら全員倒れるまで異変に気付かぬということは、下手人は間違いなく同格の強者。
その異様な事態に、誰もが冷や汗を掻きながら押し黙った。
一体何が起きているのか。それを誰も理解できない。
そしてそれは、この場にいるものだけではなかった。
◇
同時刻、王城にレインクルト及び王国兵団。グレイの部下に南地区の信者。そしてハクア・G・クリスタが足を踏み入れる。
目的は国王バルカンの捕縛。
兵達の士気は高く、作戦失敗は考えられないように思えた。
しかし彼らは、初手から想定を外していた。
「これは、一体どういうことだろうね」
「殿下、お気をつけください。第三勢力が潜んでいる可能性があります」
王城に踏み入れたレインクルト達を迎え入れたのは、倒れ伏す兵士や従者だった。
無論のこと、レインクルト達は何もしていない。
城に足を踏み入れたら、この異様な光景が広がっていたという状況だ。
城を守る門番も、使用人達も、警備の兵も、例外なく倒れている。命に別状はなさそうだが、一律に気絶していた。
「レイノルド、心当たりは?」
「ありませぬ。これほどのことをできる勢力など……」
バルカン陣営がわざわざこんなことをするなど考えられず、レインクルト陣営とは違う第三の勢力が現れたのは察することができる。
しかしその心当たりが一切ない。
「多勢ではありませぬな。少数精鋭……恐らく一人で成したことでしょう」
百戦錬磨のレイノルドは、わずかな手がかりからもこれをなしたのは一人だと結論付けた。
しかし一人なら尚更意味がわからない。こんなことができる者など、一体世界に何人いるというのだ。
「……理解が追いつかない事態だが、引き返すことはできない。行くぞ」
「はっ。総員、突撃!!」
誰がこんなことをしたのかはわからない。間違いなく調べないといけないことだろう。
しかしレインクルト達にとっては絶好の機会だと、不安を飲み込んで突撃した。
「兄様。こっちから、気配を、感じます」
「よし、行くぞ」
ハクアがバルカンの気配を探り、王城を最短距離で突き進む。
その間、レインクルト達を止める者は一人もいなかった。
例外なく昏睡しており、レインクルトに助力するためにしたと言われれば納得できる事態。
そんな道を進み、王城の会議室にたどり着く。
そこで国王バルカンの一団と相対した。
「……父上」
「レインクルトよ。これは、貴様か?」
騒めいている騎士達と、鋭くレインクルトを睨むバルカン。
それにレインクルトは睨み返し、最前線でバルカンと相対していた。
「昏睡している者達については関与していませんが……あなたを捕縛しに参りました。アザール帝国と内通していた罪で!」
そしてレインクルトのその宣言に、場の混乱はより大きくなる。
「はっ……」
「どういうことだ? というか何が起こっている」
「陛下、殿下、一体どういうことでしょう?」
騎士や官僚は、一切事態が呑み込めていない。
気づけば兵や使用人が昏睡しており、混乱している間にレインクルトが兵を引き連れて突撃。そしてバルカンがアザール帝国と内通していると叫んだ。
今何が起きているのか、瞬時に理解できる者などいやしない。
それは突然そんなことを言われたバルカンとて例外ではなかった。
「レインクルト! 何を言っている! これは王への叛逆。国家転覆の重罪である!」
「否! ハクア!」
「はい! 風よ!」
レインクルトの後ろで隠れていたハクアは姿を現すと、魔術を放った。
それは小さな風の術。攻撃力は一切ないが、着用している物を吹き飛ばす魔術である。
「なっ──」
それは事態を静観していたレベルカへと放たれ、身につけていたサングラスを吹き飛ばす。
そうすれば、現れるのは青い瞳だ。
「えっ?」
「レベルカ様!?」
「青い瞳……アザール、人?」
場の混乱は最大級にまで高まった。
「レベルカ殿は、陛下が王位を取る前から一番近くに置いた従者。三十年前王位を取れたのは、彼女の助力も大きいでしょう。つまり、アザール人の力で王位についたとも言えませんか?」
「貴様あああああ!!」
混乱につけ込むように、レインクルトはここぞとばかりに叫ぶ。
騎士や官僚達の疑いの目がバルカンに向けられて、一気に形勢はレインクルト達に傾いた──
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