第三十一話 『闘術』
騎士団長アバン・ベルベルトは苛立っていた。
彼の目尻は鋭く尖り、鼻息も荒くなり、大剣を握る拳はより力が強くなる。
それは一向に死なないグレイに対しての怒りだ。
どれほど剣で切りつけようと、火の魔術で燃やそうとしても、グレイは死なずに戦い続ける。
その防御に徹した立ち回りに、アバンの苛立ちは積もり続けていた。
グレイは弱いはずだ。
魔術が使えぬマヌル人が、クリスタ人の最高峰に勝てるはずがないだろう。
しかし、殺せない。
防御に徹底したグレイは、まるで不死を予感させるほど死ななかった。
「なぜ死なない!」
「……お前が弱いから」
「戯言!!」
火を纏った大剣を振り下ろしながら、グレイの周囲を火で取り囲む。
逃げ場を全て断ち、必殺の一撃をアバンは繰り出してみせた。
「っと。ギリギリ」
しかしグレイは生きている。
その剣術は周囲の火を散らし、生み出した穴から包囲網を突破する。
このようにどれだけ殺そうとしても、なぜか殺せないのだ。
これまで騎士団長として順風満帆な生活を送ってきたアバンにとって、これほどまでにどうにもならない敵は初めてで、やりようのない怒りしか沸き上がらない。
「お前は
「使い手だ?」
「ちっ。何でもない」
知らないならば、決して何も言わない。
これまでどうせ殺すからとベラベラ喋っていたアバンも、それだけは決して言わなかった。
まるで僅かでも、たどり着く可能性を潰したいかのように。
「もう良い。わかった。お前を強者と認めてやる」
「へえ嬉しいね」
「故に全力を以て叩き潰してやる」
アバンにとって、グレイは雑魚であるはずだ。
その強さに期待していたが、使い手ではない時点で興味は薄れていた。故に適当に戦っていたが、ここまで死なぬなら本気を出そう。
獅子は兎を狩るのにも全力を出すと言うが、アバン自身もそうしようと心に決めた。
「魔術の使い手の中でも、限られた者しか使えぬ力がある!」
「へえ」
「戦況をひっくり返す力を秘めたこれを、ただ一人のために使ってやろう。嬉しいだろう」
「それはそれは」
アバンは全身から紫色のオーラを立ち上らせ、グレイは適当に返事しながら防御態勢を整えた。
アバンから発せられる力は、その前口上に恥じぬものだ。
間違いなく、すさまじい魔術を放とうとしていた。
「奥義だ! 魔術の神髄――『魔王降臨』!」
柴色のオーラがより濃くなり、空に魔法陣が浮かび上がる。
そこから現れるのは闇だった。
どこまでも濃い闇が魔法陣からボトボトと落ちてきて、それが積み上がって人型をなす。
気づけば巨大な闇の人型が、アバンの横に佇んでいた。
じっとグレイを見つめており、その威圧感は身震いするほど恐ろしい。
「ふぅ、ふぅ……かつてはアザール帝国の軍勢に発動した奥義を、ただ一人のために放つ。これの意味がわかるか?」
「……必ず殺すってことだろ」
「ああ。陛下のご命令は、確実に遂行する」
逃げ場なんて与えてくれないし、希望ももたらしてくれない。
ただ全力を以て、グレイという個を叩き潰そうと言うのだろう。
「オオオオ、オオ、オオ。オ゙オ゙オ゙!!!」
「魔術の神髄。この世の果てから魔を呼び出し使役する。まさに奥義」
「…………」
「穿て」
「――オ゙!!!」
闇の巨人は拳を振り上げ、それを思いっきりグレイへと振り下ろした。
アバンの攻撃よりも鈍く、簡単に避けられそうな感じもする。
しかしグレイは血相を変え、一気に後方へ離脱した。
――ドンっ!!
と鈍い音を立て、巨人の拳は地面を抉り取り周囲に恐ろしいほどの風圧を放つ。
直撃を避けたグレイすらその風圧に吹き飛ばされ、平野に点在する巨岩へと激突した。
「これでは終わらん。『炎大剣』!」
その上で巨人と連携し、アバンは吹き飛ばされたグレイへと迫り大剣を振るう。
確実にグレイを処刑しようと、アバンは無情に動いていた。
「っ! ……これは手厳しい」
「なるほど。しぶといな」
迫りくる大剣に対し、すぐさま体勢を整えたグレイは剣を振るって防御する。
その身のこなしは、グレイの練度を現していた。
「だが、二対一だ」
「オ、オ、オ゙!!」
防がれたとてアバンは慌てない。
グレイの背後に巨人を移動させ、挟み撃ちをする陣形となった。
逃げ場を封じ、これから始まるのは非情なる連撃だ。
「さあ、魔王よ処刑する準備をせよ!」
決して逃がさぬようにグレイと打ち合い続け、その間に巨人は攻撃の準備に入った。
逃がさぬほど広範囲で、防げぬほど高威力。
それをグレイに向けて発射する。
「さて。ではさらばだ」
十分時間を稼いだアバンは、全身を炎で包み込んだ。
超広範囲を攻撃する巨人の攻撃を、自分だけ防ぐための防御魔術。
そしてグレイには、それを防ぐ手段がない。
「オオオオオオオオオオオオ゙゙!!!」
巨人は己の周囲数百メートルに、闇を放った。
それは触れるだけで草花を散らす、死の闇だ。全速力で逃げたとしても間に合わず、グレイが一瞬で死に至る魔術――
「……夜が来るな」
それをグレイは、ただ冷静に見つめていた。
目の前に死が迫っているというのに、空を見上げて月を見る。
「間に合った――」
そう呟いたグレイを、放たれた闇が飲み込んだ。
◇
「――さて、奴は死んだかな」
闇が晴れた数秒後、炎で防いでいたアバンは魔術を解除して顔を見せた。
静かな平野に生えていた草花は全て枯れ、様変わりした様相だ。
夜だからこそ目立たないが、朝が来ればその惨状は誰の目で見てもわかるだろう。
「……良いのかよ。こんなに平野をボロボロにして」
「あ?」
平野の中心で、無傷のグレイが立っていた。
なぜか傷一つなく、何ならボロボロになった平野の方を心配している。
アバンは意味がわからなかった。
そこにあるのは死体のはずで、決して生きているはずがない。
「なぜだ」
「…………」
「なぜ死んでいない!」
普通の人間であれば死んでいる。
魔術の使い手であっても、騎士団長クラスでなければ死ぬだろう。
なのに劣等種たるマヌル人の平民が、なぜ無傷で生きているのだ。
「魔王はっ……倒したのか。この一瞬で」
「ああ。邪魔だったからな」
グレイの背後には、闇の巨人が倒れていた。
全身をバラバラにされており、動かなくなった巨人は溶けて空へと消えていく。
さきほどまで元気だった巨人は、アバンが防御魔術で隠れていたほんの数秒で倒されていた。
「なぜだ……意味がわからない。お前は、一体」
「……使い手だって警戒するわりに、お前はぜんぜん知らないんだな」
「あ?」
意味不明な言葉に首を傾げたその瞬間――グレイの全身から橙色のオーラが立ち上った。
「これからは俺のターンだ」
グレイは剣を構える。
アバンは、呆然としていた。
それはアバンが最も警戒していた力。
歴史の彼方へ消えたはずの四術の一つにして、マヌル人の力だ。
「悪いが手加減はできないぜ」
「使い手、だったのか」
「使えないとは言っていないな」
グレイはニヤリと笑って剣を構えた。
立ち上る橙色のオーラはキラキラと光り、グレイを包み込んでその肉体を強化する。
「――『闘術』起動」
マヌル人の力が、解き放たれようとしていた。
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