第四話 呪い

「――あー。一旦、話を整理しましょうか」


 この状況に対し、口火を切ったのはやはりリズリーだった。

 さっきまで殺されかけていたというのに、この切り替えの早さ。貧民街という地獄を生き抜いてきた経験は伊達ではないということだろう。

 そしてその言葉に、他の幼馴染も同意する。


「そうですね。まずグレイさんの家に壁が出来ていたのは、その。姫騎士様がやった、ということですか?」

「あ、うぅ。そ、その」

「ああそうだ。だけど、ハクアを責めないでやってくれ。事情があったんだ」


 グレイの胸の中でプルプルと震えるハクアと、そんなハクアを庇うグレイ。

 だけどハクアは、怯えながらも守られているだけではなかった。


「ご、ごめんなさい! グ、グレイが、いないと。も、もう。駄目に、なって。こんなこと、した。ごめん、なさい」

「…………そう」


 ハクアは恐怖で震えながらも、リズリー達に謝罪する。彼女達にもいろいろ思うことはあるだろうが、こんな謝罪を見せられては強くも言えない。


「なるほどな。愛されているということだなグレイ!」

「……まあ、そうだな」


 そんな中で、カストロンは明るくこの状況を一言で纏めた。愛されているの一言で纏められるのは、馬鹿なカストロンだけだろう。

 しかし最も単純に説明できる言葉でもある。


「姫騎士様は戦場に行っているはず。それなのに、なぜかグレイのところへ。つまり、そういうこと?」

「ああ。そういうことだ」


 事前にハクアという少女の本質を聞いていたリズリーは、すぐに真実へたどり着く。

 つまり戦争に耐えきれなくなったハクアは、グレイの下へ逃げてきたのだ。そうして魔術で閉じこもり、外界と断絶した。


「そして、国が呼び戻しにきた、と」

「ああ。迷惑かけたな。本当に、すまない」

「面倒なことになったわね」


 リズリーは溜め息をつく。

 全ての事態が、想定以上になっていた。リズリーが考えていた結末は、もっと落ち着いたものだ。


 まさかハクアがグレイと閉じこもり、そこから引きずり出すために国が手段を選ばず何でもやることになるとは。

 リズリーの考えは甘かったのだろう。そこは反省するしかない。


「国の目的は姫騎士様よね?」

「……そうだな」

「…………そう」


 つまりハクアを引き渡せば、国が手を出してくることはないということだ。

 そしてリズリーが考えるのは、仲間の幸せ。これほどの事態となったなら、その恋を応援するとは言えなかった。


 それをグレイも感じ取る。そしてハクアも感じ取る。


「っ……グレイ」


 ハクアはグレイの腕を強く握っていた。


 ハクアも馬鹿じゃない。己の存在によって、周囲に大きな迷惑をかけるのはわかっていた。


 だからハクアは、迷惑をかけないために戻らないといけないのだ。あの地獄の戦場に。そして大量殺戮を行い、クリスタ王国による大陸統一を成す。

 それが決められた運命だ。


「わ、私、は……」


 故にハクアはそう言おうとするが、言葉が出てこない。とても苦しそうな顔をしながら、言葉を詰まらせる様子は見ていてとても、痛々しかった。

 すでに心が悲鳴を上げていて、もう無理なのに、それでも運命がハクアを戦場に呼び戻そうとする。


 そんなハクアを見て、グレイが口を開いた。


「俺は、全員で幸せになる結末を求めている」


 グレイは言うのは、そんな理想だ。


「そんなのあるの?」


 リズリーは馬鹿なことを言うなとばかりに、疑り深くそう返答した。


「あるはずだ。いろいろ考えた。可能性は少なくても、道は見つけた」

「……それは、どんな策よ」

「博打の連続ではあるし、凄いでかい話になる。でも、ある」


 その脳裏にあるのは、荒唐無稽とも言える作戦だ。グレイとしても、その策が必ず成功するとは口が裂けても言えない。

 だがたとえ茨の道だとしても、道があるなら歩むだけ。


 それが全員で幸せになる、ハッピーエンドを掴む唯一の方法だ。


「まあつまりな」


 覚悟を決めてグレイは考えた策を話そうとして――


「――おや、あんたら大丈夫そうだね」


 急に顔を見せた老婆によって、その言葉は中断された。


「ん、お婆さん? あ、す、すいません。今日は行く日だったのに」

「そうだよセリア。無断でサボってさ。まあ、国に連れ去られたんだろ? 大丈夫だったかい?」

「はい! どうにか傷一つなく」


 そう言って現れたのは、貧民街で暮らす凄腕の医者。クルル人の老婆だった。老婆は黄色瞳でセリアを見て、ほっと息をつく。

 今日はセリアが医院で働く日だったのに、来ないから様子を見に来たのだろう。


「ん。あんた、ようやく外に出てきたのかい」

「ああ。いろいろあってな」

「なるほど。原因はその子か」


 老婆はグレイへと視線を移し、ついで震えるハクアを見る。

 ハクアの顔を見て、それが誰かを瞬時に理解した様子。そして大体のことを察するのは、老婆が頭脳明晰なことを表している。


「……ん? ちょっと待ちなよ」


 しかしハクアを見つめていた老婆は、急に首をかしげるとより深く観察しだした。

 トコトコと歩いてくると、とても近くでハクアを見つめる。


「な、なん、です、か?」

「……あんた、なんで?」


 そして首をかしげながらそう言った。


「えっ? の、呪い?」


 老婆の言葉に、ビクっと震えながら困惑するハクア。

 そんなハクアを、老婆はより注意深く観察する。


「ああ。呪術が掛けられてるね。とても、とても深い呪術がね」

「呪術!? それってアザール人の術だよな婆さん?」

「ああ。そうだよ」


 アザール人の『呪術』と言えば、他者に害をなすものと有名だ。

 S級呪術師と呼ばれる達人は、遠くから人を呪い殺すことも可能と聞く。

 そんな呪術が、ハクアにかけられていると老婆は断言していた。


「ど、どういう、こと? ですか?」

「そうだね。多分、。術者の言うことに従うようにする、そんな呪い。凄まじい練度の呪術だね」

「っ――」


 その言葉に、ハクアもグレイも絶句していた。

 それは青天の霹靂と言うしかない言葉だ。一体いつ、誰が、何のためにハクアを呪ったのか。

 突然すぎて、その事実がまるで呑み込めない。


「この前の戦場で呪われたってことか?」

「いいや。この子の奥深くに絡みついている。七、八年前ってところか」

「アザール人が掛けた? でも何のために。ハクアに言う事を聞かせる? いやでもそんな様子はなかった」


 もしアザール帝国がそれをなしたのなら、先日の大量虐殺は起きなかった。

 これまでのハクアの戦歴を考えても、アザール帝国が呪ったというのは考えづらい話だ。


「ど、どうすれば良いんだ? 解呪した方が良いよな?」

「それは間違いない。これほどの呪いなら、掛けた本人に解かせるか……あたしが解くかの二択だ」

「ば、婆さん頼む! 解呪してくれ!」


 グレイは迷わなかった。

 未だ事態は飲み込めないが、ハクアに強力な呪いがかけられているならそれは解呪しないとならない。

 思考誘導なんて、許せる話ではない。


「高くつくよ」

「金はどうにかする」

「あ、お、お金、なら。私持ってる。ほら。上げます」

「……そうかい。へえ、良いね。なら解呪してやろう」


 ハクアは異空間から大量の金貨を取り出して、それを見た老婆は笑みを浮かべて頷く。


「じゃ、あんたらは少し離れてな」

「了解。じゃあハクア」

「うん……お願い、します」


 グレイとリズリー達は少し離れて、対面するハクアと老婆を見守る。

 カストロンは何だか楽しそうで、セリアは不安そう。そしてリズリーは複雑な表情を浮かべていた。


「……あんたは、姫騎士様を見捨てないのね」

「ああ。ごめんな。どうしても、無理なんだ」

「わかってるわよ。あんたがそういう奴だってね」

「それがグレイさんの良い所ですよ。私達も、そうやって助けられました」

「はっはっは。まったくだ」


 みんな、ハクアを国に引き渡せとは言わなかった。それはグレイが積み上げた、絶大な信頼があるから。

 グレイが全員を救うと言うならば、それをなしてしまうのだろう。そう確信していたのだ。


 そんな会話をしつつハクアの方にも目を向ける。


「リラックスしていな。あたしなら、解呪できる。というかあたしぐらいしか、解呪できない。だから安心しな」

「は、はい」


 目を瞑った老婆からは眩い光が立ち上っている。不安げなハクアも、その光に当てられて力が抜けて行った。


 クルル人の術『聖術』。それは他者を癒す、呪術と相反する力だ。

 呪術を解呪することは、聖術でしかできないという。


「さあ――奥義だ。『泡沫舞踊うたかたぶよう』」


 老婆が発動したのは、聖術の奥義だった。

 光り輝く泡が無数に表れて、ハクアに当たって消えていく。泡は弾けるたびに癒しの力を振りまいて、それは全ての闇を祓うよう。


 これが癒しに特化した力。聖術の奥義なのだろう。


「――まあ、こんなもんかね。どうだい?」

「…………なんか、スッキリした気分です。頭にあった、モヤモヤが晴れた、ような」

「そりゃよかった。久しぶりに奥義まで使ったかいがあるってもんだよ」

「……奥義、使えるの。ビックリ、しました」

「秘密だよ。面倒ごとはごめんだからね」


 老婆はそう言って笑うが、笑えることでもない。

 奥義の使い手など、その人種でも十数人程度。必ず国家が囲い込む存在だ。

 それがなぜ、他国の貧民街で医者をやっているのか。それを考えれば、あまり笑える話ではなかった。


「ハクア、大丈夫か?」

「ん。グレイ。うん。なんか、スッキリした」

「良かった。だけど、何で、呪われてたんだろうな」


 駆け寄ってきたグレイはハクアの無事を確認しながら、そう疑問符を浮かべる。

 やはりなぜ呪われていたかが見えてこなかった。


「そうだね。呪いの深さから言って、遠くから掛けられるものじゃない。アザール人に触れられたりしたことはあるかい?」

「ない、です。間違いなく」

「そうかい」


 老婆は考え込む。これほどの呪いの練度、間違いなくS級呪術師。その上で触れられるほどの距離でなければならない。

 どこかでアザール人と接触しているのは間違いなかった。


「例えばさ、近くにいないかい? 


 故に老婆はその結論に達し、ハクアの目を見て問いかけた。

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