第二十一話 金髪の少女
パーティというのはとても煌びやかなものだ。
着飾った人々が笑顔を浮かべて談笑し、テーブルには色とりどり豪華な食事が用意されている。
この非常に豪華なパーティは、まるで物語に出てくる楽園のようだった。
平民達はこの盛大なパーティを、夢のようだと羨むだろう。
しかしハクアにとっては、何も面白くない退屈な催しでしかなかった。
「諸君。我が誕生パーティに来てくれたことを感謝する」
会場の中心で国王、バルカン・G・クリスタが宣言する声が聞こえる。
今回のパーティは国王の誕生を祝うためのもの。己の権力を誇示するために、毎年のように多くの貴族を呼び、盛大なパーティを開いていた。
それは今年も変わることなく、より権力を示すために豪華になっていく。
飾り付けられた会場の中心では国王バルカンが演説をし、全ての者が真剣な顔でそれを聞いていた。
その様子を、ハクアは無表情で見つめる。
「――憎きアザール帝国の蛮行に諸君らも気をもんでいるだろう。しかし安心してくれ。クリスタ王国が誇る騎士団、そして我が娘にして最強の姫騎士がいる!」
会場が沸いた。
ハクアの心は反比例するように冷めて行った。
「ハクアよ」
「はい……」
ハクアが歩み、王の横に立てば、多くの者がその姿に釘付けになった。
ドレスを着て、髪を結い、化粧を施したハクアは誰もが見惚れる美貌を誇る。異性のみならず同性すらも、その姿から目を離せない。
ハクアの顔には表情が浮かんでいなかった。
しかしそれがとても儚く、美しさを醸し出している。
バルカンはそんなハクアを横に立たせ、満足そうに頷いた。
「ハクアの力は誰しもが知っているだろう。ハクアは特別だ。生まれながらに神の色を持つ、我が娘に相応しい子だ。その力で、王国を守護するだろう」
「……期待に応えられるよう、努力します」
「うむ。故に安心せよ!」
会場から拍手が巻き起こった。
「姫騎士様! 我らをお守りください!」
「アザール帝国が万の兵を起こしたとしても、姫騎士様さえいれば問題ない」
「ご期待しております、ハクア様!!」
皆がハクアを見ている。その美貌に見惚れ、その力を頼りにし、姫騎士という偶像を妄信する。
個々、それぞれに理想の姫騎士像ができあがっていることだろう。
ハクアはそれを、壊さぬように努力せねばならない。
それが己の中に存在する呪縛だ。
「さて。ハクアも十八歳となった。騎士としての使命があった故に婚約者はいなかったが、そろそろ探さねばならないだろう」
「っ……」
そしてバルカンはそう宣言し、ハクアは一瞬苦虫を噛みつぶしたような顔を浮かべる。
「その姫騎士の血を次代に繋いでいくこともまた使命だ。ハクアを手に入れたいという者がいれば、その申し入れは検討しよう」
「「「おおっ!!」」」
男達の歓喜が聞こえる。
高嶺の花を手に入れられる機会を前にして、興奮しているのだろう。
結婚を申し込んでくれた男の中で、一番良い者とハクアは結婚することになる。
そしてその子が、ハクアの力を受け継ぐことをバルカンは期待していた。もし遺伝するのであれば、最強の兵器がいくつも手に入るということ。
ハクア一人で数千の兵を蹴散らせる力があるというのに、これがさらに増えればクリスタ王国の大陸統一は近い。
「…………」
わかっているのだ。己に自由なんてないということを。
この力で王国のために戦い、この体も王国のために捧げる。
そして父の野望を叶え、大陸を統一するまで歩み続ける。
それがハクアの前に敷かれた道だ。
逸れることは許されない。
「ハクア様。ぜひ一緒に踊りませんか?」
「いえいえ。この男よりぜひ私と。ハクア様のために多くの贈り物を用意しております」
「いいえ。私は武闘大会で準優勝の実績もあります。私の方があなたの相手に相応しいかと存じます」
バルカンの演説が終わり、パーティが始まれば多くの男達がハクアの下へ挨拶に来た。
覚えめでたくして、ハクアとの婚姻を有利にする腹づもりだろう。
しかしそこにハクアの意思はないため、あまり意味はない。
だが邪険にするわけにもいかず、にこやかにハクアは対応を続けた。
姫騎士の仮面を被り、ただただ退屈な時間を過ごし続ける。
しかし皆隠しているつもりだろうが、全身を舐るように見つめられるのはとてもストレスで、終盤になれば疲れが顔に出る。
故に隙を見て逃げるように、会場外の庭にてハクアは隠れていた。
「はぁ……しんど」
誰にも聞かれぬほど小さな声で、ハクアは呟く。
誰も彼も欲望が目に灯っていて、それを隠しきれていないから辛かった。
少しはその野心や性欲を見せないようにしてほしいものだ。
「……花が、綺麗」
そんな荒んだ心は、庭に咲き乱れる花々を見て癒した。
夜だというのに月明かりに照らされて、花壇は美しい景色を見せる。
王城自慢の庭園は、ハクアの目を喜ばせた。
「この花……あの庭に、似合うかな」
そして思うのは、愛しい人のことだ。
ハクアはいくつも花を物色して、近くに待機していた侍女の下へ歩む。
「ちょっと、良い?」
「はい、何でしょうかハクア様?」
「あの花がとても綺麗。苗とかある?」
「恐らく。庭師の者が管理しているかと」
「貰えたりしないかな?」
「もちろんです。すぐに用意させます!」
ハクアのお願いに、侍女はすぐさま動き出した。
それに顔を綻ばせ、ハクアは遙か遠くを見る。
「……グレイ。喜んで、くれるかな」
グリシャが駄目にした花々の代わりに、良い花の苗があれば届ける約束だ。
グレイへの贖罪と、喜ぶ顔が見たいから、ハクアは王城自慢の花を用意させた。
その胸の中には、一人の男へ向ける想いしかない。
沢山挨拶に来てくれた貴族の男達は、顔も名前も覚えていなかった。
◇
たまに休日がある。
その日がハクアにとってとても楽しみな日だ。
それはグレイの所へ行って、何時間も一緒にいられるからだろう。
パーティの翌日、そんな楽しみな日がやってきた。
「ねえ。昨日みたいに、髪を結ってくれる?」
朝からハクアは嬉しそうで、身だしなみを整えてくれる侍女へそんな注文を付ける。
「昨日みたいにですか? 今日は何かご用時がありましたっけ?」
「えっと……気合い、いれたい。みたいな」
「ふふ、なるほど。休日でもおしゃれをするのは良いことですね」
ハクアの適当な言い訳にも納得し、侍女は丁寧に髪を結う。
とても長くて綺麗な白髪を侍女は慣れた手つきで編み込み、ハーフアップにしてくれた。
幼い頃から世話をしてくれているだけあって、彼女の手腕は素晴らしいものだ。
ハクアは鏡を見て、微笑んでみる。
グレイは可愛いといってくれるだろうか。思うのはそんなことだけだ。
この恋に未来がないことはわかっている。
自由恋愛はありえず、クリスタ王国にとって一番良い相手と結婚することになるだろう。
それがマヌル人の平民であることは、決してありえない。
でも、だとしても、この激情から逃れられなかった。
「そういえば、お花の苗が届いていますよ」
「ん、ありがとう」
最後に鏡をもう一度見て、不備がないかを確かめる。
そして満足そうに頷いて、ハクアは立ち上がった。
「ちょっと、出かけてくる。夕方に、帰ると思う」
「そうですか。どちらへ?」
「秘密。誰にも、言わないで」
「はあ、わかりました」
ハクアの真剣な瞳に、侍女はコクリと頷く。
これ以上詮索するととんでもないことになる気がして、何も言えなかった。
ハクアは花の苗を持ち、誰にも見つからぬよう王宮を後にする。
目指すは貧民街東地区。グレイの家だ。
「グレイ……元気、かな」
恋い焦がれるようにハクアは溜め息をついた。
たとえ未来のない関係だとしても、ハクアはここから逃れられない。
この胸を焦がす感情に従うように、笑みを溢しながら走っていた。
今日はどんな話をしよう。
パーティの話はあまりしたくない。グレイの話を聞くのも良い。
あるいは一緒に花壇の手入れをするか、一緒にご飯を食べようか。
そんな希望を胸に抱いてグレイ宅にたどり着き――
「グレイ、いる?」
――トントンと扉を叩いた。
いつもであればグレイがいて、出迎えてくれる手筈である。
しかし今日の足音は違った。
「はい。どちら様ですか?」
「――えっ?」
扉を開けて出迎えてくれたのは、グレイではない。
同い年ぐらいの金髪の少女だ。
可愛らしい容姿に、綺麗な声。そんな少女が、グレイの家から現れた。
「なん、え? 誰。……クリスタ、人?」
そしてその少女は、クリスタ人の特徴たる赤い瞳を輝かせていたのだ。
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