第六話 反撃開始

 グレイの打ち出した策は、最初から最後まで全て博打だ。


 バルカンを王位から引きずり下ろし、ハクアを救い出すという妄想癖も良いところな馬鹿みたいな策。

 しかしバルカンが王である以上ハッピーエンドは訪れず、故にそんな馬鹿みたいな策を打つしかない。

 その最初の博打として、グレイとハクアは魔術で姿を隠して王城に侵入していた。


 まず必要となるのが、第一王子レインクルトを説得することだ。

 次期王に相応しいのは現状彼しかおらず、その上で妹のことをとても大切に思っている。

 そんなハクアを救うためならば、王になってくれるのではないか。そうグレイは願った。


 断られた瞬間にこの策は崩壊する。故に失敗は許されない。




「――もちろんだ。僕に任せてくれ」


 その言葉を聞いた時、グレイの胸は安堵に包まれていた。

 無論一歩目を踏み出せたにすぎないが、その一歩が重要だ。


「兄様、ほ、本当ですか?」

「ああ。妹がここまで苦しんでいるのに、見捨てる兄がいるものか。安心してくれ、ハクア」

「っ――」


 ハクアもまた、安堵に包まれ、顔を綻ばせる。

 しかしまだまだ第一歩。茨の道は果てしなく続いている。


「レインクルト様。救うとしても、王の説得は難しいと思う……」

「ああ。わかっているよグレイ君。父上がどういう人間かはね」


 レインクルトはちゃんと現実を見据え、バルカンの説得はレインクルトを以てしても不可能だと断言する。

 大陸の統一を目指すバルカンはその唯一の手段を手放さないだろう。


「故にハクアを救う唯一の道は王位簒奪。つまり、そういうことだね」

「はい。……そういうことです」


 レインクルトはグレイが説明せずとも、その道にたどり着いて笑みを浮かべる。

 そんな荒唐無稽な道すらも、レインクルトは歩む覚悟を決めていた。


「父上は決して説得には応じてくれない。だから僕が王になるしかないだろう。しかしとても難しい道だ」


 覚悟を決めたとしても、これが茨の道であることに変わりはない。

 強力な権力を築いているバルカンの牙城を打ち崩すには、いくつもの困難が待ち受けていた。


「兵力と、大義名分。この二つは絶対に必要だよ」


 王位を取るに当たって、絶対に必要なものをレインクルトは二つ挙げる。

 バルカンに打ち勝つ兵力と、何よりも大義名分。王位簒奪を正当化せねば、それを切っ掛けに血を見るような内乱すら起こりうる。


 全員を納得させるだけの正当性は必ず必要だった。


「それについては……王がアザール人を騎士団長に置き、ハクアを洗脳していたという事実で正当性が生まれる。と思います」

「っ何だって!?」


 グレイの言葉に、冷静だったレインクルトは初めて驚きを見せた。

 その意味を咀嚼し、理解し、次第に怒りが目に映る。


「それは、本当かな?」

「はい、兄様。レベルカさんは、ほぼ間違いなくアザール人です。私に思考誘導の、呪いが、掛けられていたのも、間違いないです」

「なんたることだ」


 レインクルトの怒りは深かった。

 クリスタ人にとって、呪術とは嫌悪するもの。敵国が使うというのもそうであるが、かなりロクでもない術だから。


 それを実の娘に掛け、何でも言う事を聞く操り人形にしてしまおうなど、人のやることではない。

 レインクルトはまだ、バルカンの邪悪さを理解していなかったのだろう。目的のためならばなんだってやる。

 家族という枠組みすら、彼には関係ない。


「ハクア、大丈夫だったかい?」

「はい。何とか。私には、効きが弱かったみたいです」

「そうか……」


 ハクアが遥か格上だからこそ、レベルカの呪術でも完全な操り人形にはできなかった。あくまで思考を誘導するだけであり、それは不幸中の幸いだ。

 だがそれで、彼らの邪悪さが消えることはない。


「よくわかったよ。父上は、どうにかしないといけない」


 ハクアを救うためには、バルカンの排除は絶対条件。

 それをレインクルトは再度認識する。


「この事実を以て、大義名分とするということか」

「そうです。アザール人を騎士団長に就け、ハクアに呪術を掛けていた。この事実さえあれば、退位させることも、できる。と思います」

「そうだね。より詳しい調査は僕がやろう」

「お願いします」


 この件に対する調査をレインクルトは引き受け、続いてより詳しい話に移る。


「父上は全てを力で握りつぶすような人だ。この事実を突き付けて退位を迫ったとしても、難しい。戦いは必ず起こるだろう」

「……三十年前の、内乱のようにですか?」

「そうだ。しかし大きな争いに発展はさせたくない。奇襲で父上を捕え、アザール人と共謀して国家転覆を計ったとして退位させる。これだろうね」


 やはり平和的にはいかぬだろう。レベルカがアザール人でハクアに呪術を掛けたとしても、バルカンはクリスタ王国に害をもたらしたわけではない。

 バルカンの目指す大陸統一は、ありていに言えばクリスタ王国にとってはプラスのこと。さまざまなものを犠牲にし、多くの屍の上に成り立つものとはいえ、歓迎する者も多いだろう。


 レベルカも敵国の間者ではなく、バルカンが取り込んだ存在と見て良い。

 彼の中にあるのは、やはり大陸統一。そして世界の王になることだ。


 しかしそのためにハクアが犠牲になるならば、グレイはそれを容認できない。


「……一気に行くよ。時間との戦いだ」


 レインクルトはそう宣言した。

 一気に動き捕縛して、アザール人と共謀したということにして世間に公表し、世論を味方につけて王の交代を図る。

 これしかない。話し合いで解決する段階はとうにすぎているのだ。


「しかし、問題は兵力だ。父上の周囲は第一騎士団の精鋭で守られ、第二騎士団も常に護衛についている。レベルカも恐ろしい強者だ。奇襲したとしても、並の兵力では蹴散らされるだけだろう」

「それは……俺がやります。俺の部下も集めれば、最低限の兵力にはなるはず、です」

「なるほど……」


 グレイは覚悟を決めた瞳でそう言うが、レインクルトは思案する。

 確かにグレイは強い。レベルカと同程度。あるいは上回るだろう。そしてその部下達も合わせれば確かに最低限の兵力にはなる。

 しかし、足りない。その多くをグレイに頼り切る非常に不安定な兵力だ。


「僕の私兵が百程度。それに王国兵団に伝手がある。兵団は戦争を良く思っていない者も多いし、協力してくれる者もいるだろう。それでも、やはり厳しいな」

「……そうですね」


 グレイは死ぬ気でやるつもりだが、わかっているのだ。かなり博打だと。

 最高戦力であるグレイが、まずレベルカに封じられるだろう。闘術を最大で使用したとしてもレベルカ打倒は激戦になる。


 グレイがいなくなったこちらの兵力では、第一騎士団、および第二騎士団を相手に敗北は必至だ。


「…………」


 場には、重い空気が漂った。

 ここまで来ても、やはり高い壁が存在する。


 もしこれを打開できるとするならば――


「――私も、戦う!」


 姫騎士ハクアしかありえない。


「ハクア!? 何言ってんだ。お前はもう、戦えるような……」

「ううん。やんないと、やんないといけないでしょ! 私のせいで、こんな、大事になる。多くの人が、巻き込まれる。なのに私が逃げてたら、駄目!」

「…………」

「戦わないとっ……今は、その時」


 ハクアはぎゅっと固く拳を握っていた。

 怖いのだろう。その脳裏には、戦場でのトラウマがフラッシュバックしているはずだ。

 それでもハクアは逃げなかった。

 ここで立ち向かわないと、血みどろの内戦すら想定される。


 ハクアから始まったことならば、ハクア自身が決着をつけにいかないといけない。


「ハクア……頼めるかい?」

「はい。兄様。頑張ります」

「っ……」


 ハクアがいれば、兵力の問題はほぼ解決する。

 規格外の化け物であるハクア・G・クリスタは、単騎で国すら亡ぼせるだろう。


 この計画を確実に成功させるためには、ハクアの力が必要だった。

 だから本末転倒だとしても、レインクルトはハクアに助力を頼む。

 それにハクアも力強く頷いた。


「これは失敗すれば冗談では済まないことになる。民に決して被害は出さず、電光石火で進めていこう」


 レインクルトは必ず成功させると強く頷く。グレイも事態の大事を再度認識し、息を吐いて覚悟をさらに固めた。


 これから始まるのは王の交代。しかし三十年前に起きたような内戦は起こさずに、全てを終わらせ国の平穏を保つことが絶対条件だ。

 全てを救う。ハクアも、マヌル人も、クリスタ人も。全員が幸せになる道を求めていた。


「決して気づかれないように、準備を進めて行こう」

「「はい!」」


 レインクルトはそう締めくくり、ハクアも拳を握って意気込む。

 そしてグレイもより深く考えていた。


 戦力としてハクアに頼るのはしかたないにしても、頼り切るのは危険だとグレイは思う。

 今のハクアの状態を正確に理解しているからこそ、不安が抜けることはなかった。

 心を壊し、泣いているハクアの姿がフラッシュバッグする。


 故にグレイは、口を開いた。


「俺も、もう少し兵力を集めます」


 グレイはハクアに負担をかけぬため、一つの伝手を頼ることを決断する。

 癖は強いが協力してくれれば確かな戦力となる、貧民街のとある勢力との交渉を脳裏に描いていた。

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