第三十三話 決着
アバンを退けたと思えば襲来した二十人余りの襲撃者。
それを撃退しようとしたグレイ。
そしてそこに割り込むようにやってきたハクア。
場は一気に混乱した。
襲撃者達は動きを止め、動けずにグレイとハクアを見つめている。
グレイは突然やってきたハクアに呆けて、場の支配者たるハクアはただただグレイの身を案じていた。
「グレイ、大丈夫? 怪我してない? 私回復の魔術も使えるから、何でも言ってね」
「あ、いや。問題なしだ。ちゃんと撃退した」
「ほんと? 嘘ついちゃだめだよ」
ハクアはそれをやせ我慢ではないかと心配しながら、ペタペタとグレイの体を触る。
そしてどこも怪我していないことを確認して、ほっと一息ついた。
「……グレイを襲ったのは、この人達?」
「……ああ。そうだな」
「ふーん……」
一息つけば、今度は襲撃者達をハクアは睨んだ。
ゆっくりと周囲を見て、目を合わせた襲撃者達は全員体を硬直させる。
最後は気絶したアバン、そしてリーダー格の女に視線を合わせて呟いた。
「レベルカさん。どういうこと?」
ハクアの目尻は鋭かった。
グレイを殺そうとした騎士達に対し、深い怒りを向けている。
姫騎士ハクアが怒っている姿など、グレイ以外誰も見たことがなかった。故に恐怖はより深まる。
「……ハクア様。これは崇高なる任務です」
「グレイを! 殺すことが!?」
「ええ。そうですとも」
レベルカは剣を納めてハクアと相対した。
サングラスの奥では、鋭い眼光がハクアを貫く。そして言い聞かせるように口を開いた。
「あなたは騙されているのです」
「違う! そんなこと、ない!」
「いいえ。これは姫騎士として、あってはいけない恋です」
「っ!」
「どいてください。この先も、姫騎士であるために」
レベルカは笑っていた。
まるで勝利を確信しているかのように、不敵な笑みを浮かべている。
「……レベルカさん」
「さあ、ハクア様」
「……嫌だ。グレイを殺すことは、許さない!」
「…………」
ハクアはレベルカの要求を拒否し、グレイを守るように立ちふさがった。
それにレベルカは、下らなそうに目を細めた。
「おかしいですね。これは姫騎士であるために必要なことですよ、ハクア様」
「グレイを殺すことと、姫騎士であることに何の関係があるの!」
「ふむ……」
言うことを聞かないハクアが不思議なようで、少し考えたレベルカは怒りのこもった視線をグレイに向ける。
「ハクア様をおかしくしたのは、あなたですかマヌル人」
それはグレイすら息を呑むほどの殺気がこもった瞳だった。
だがその眼光を受けても、ハクアは決して動かずに、レベルカを睨みつける。
「帰って」
「これは王命です。ハクア様」
「帰ってって、言ってるでしょ」
ハクアから、紫色のオーラが立ち上った。
これ以上の押し問答はしない。引かねば戦う意思がある。そう暗に言っている。
しかしレベルカも引かなかった。
これが王命であるからこそ、多少の障害程度では引くことができない。
しかし戦えば敗北は必至。故に膠着した。
「なあ、一旦話し合わないか。これ以上戦っても不毛なだけだろ」
静まり返る戦場に、グレイの言葉が木霊する。
平和的な解決を模索した故の言葉だが、レベルカは聞く耳を持っていなかった。
「マヌル人との対話はする意思は持たない。貴様が死ねば引こう」
「それは無理だ。命は捨てられねえ」
「当たり前でしょ。それだけは、許さない」
レベルカはグレイの死以外の結果を望まず、ハクアはその結果を全力で阻止しようとしている。
これは会話ができるような状況ではないだろう。
もしこれを打破する者がいるとしたら、それはもっと上の存在だ――
「――なら、この場は僕が預かろうか」
膠着した戦場に一石を投じるように、そんな言葉が聞こえてきた。
綺麗な男の声に、ハクアもレベルカも目を見開く。
「レインクルト様」
「兄様」
「え?」
戦場に姿を見せた貴人は、レインクルト・G・クリスタ。
ハクアの兄にして、クリスタ王国第一王子の出現に、場の混沌は極まっていく。
一体なぜここに王子がいるのか。
ハクアとレベルカは真意を探るようにレインクルトを見つめ、グレイは首を傾げつつも王族の出現に息を呑む。
「レベルカ殿。ここは僕の顔を立てて引いてはくれまいか?」
「……王命です。殿下」
「父上には僕から話を通しておく。君達が罰せられることはない」
「…………」
ハクアの言葉は一蹴したレベルカであっても、レインクルトの言葉は邪見にしない。
思案するように沈黙し、周囲の者達に合図を出した。
「殿下のお言葉であれば一旦引きましょう。しかし、陛下が再度ご下命なされたなららもう止まることはありません」
「ああ。わかっている」
「総員、撤退」
レインクルトに敬意を示したレベルカは、そう命令すると部下と共に闇夜へ消えて行った。
数秒後、そこには彼女らがいた痕跡は一切なく、倒れていたアバンもろとも煙のように消えてしまう。
「……さて。災難だったねハクア。それに……グレイといったか」
「ああ。えっと。グレイ、です。殿下」
王子に話しかけられたからか、先日覚えた敬語を頑張って使ってみるグレイ。
しかし付け焼刃故か、敬語としてはお粗末だった。
「はは。そこまで畏まらなくて良い。君達の現状も理解しているつもりだ」
レインクルトはそう言って苦笑する。
貧民街に教育が行き届いていないのは知っているからこそ、無理な礼儀は求めなかった。
「あ、ありがとう。ございます」
「ふふっ。えっと……兄様、ありがとうございます」
「なに可愛い妹のピンチだ。兄として当然のことだよ」
そうサラっと言えるのが、彼の内面までもイケメンであることを表しているだろう。
ハクアとはあまり似ていないが、その中身はちゃんと兄妹らしい。
「グリシャから大体話は聞いている。グレイ君の命が助かるように尽力しよう」
「ほんとですか!?」
「ああ。だから安心してくれ」
レインクルトは優しく微笑み、それにグレイは疑問を抱く。
「ありがとう、ございます。何で俺にそこまで、してくれるんだ?」
「……僕が願うのは家族の幸せ。それだけだからだ」
グレイの疑問に対し、レインクルトは断言した。
やはり彼はハクアの兄だ。その優しさは、グレイが知る貴族達とは正反対。ハクアと同じものをもっている。
「最近ハクアが楽しそうだったのは、グレイ君といたからなんだね。……ずっとハクアには負担をかけていたから、感謝しているよ」
「い、いや。別にちょっと話したりしただけ。っすよ」
「ううん。グレイのおかげで、最近とっても、楽しい!」
「ほら、ハクアはこう言っている」
「まあ、なら良かった」
ハクアはグレイの顔を見上げて幸せそうに笑っており、グレイは少し照れ顔。
そんな様子を見て、レインクルトは確信していた。
ハクアの幸せは、ここにあると。
グレイとハクア。身分も人種も違う二人だが、まるで出会うべくして出会う運命があったように感じる。
そこには神が用意した何かがあるようで、その繋がりは決して切れるものではない。
「僕が、どうにかしよう」
「本当ですか?」
だからレインクルトは決断した。
妹が幸せになれる唯一の道がここだと確信して。
「だから、今後はずっと笑っていて欲しい。それが兄として僕の願いだ」
「っは、はい。グレイと一緒にいれたら、ずっと、楽しい。ね」
「そうだな……これからも一緒にいられたらいい」
ハクアと出会って、グレイも楽しい日々を過ごしている。
それが恋というのなら、この先もずっと続いてほしい。それがグレイの思いであり、ハクアと同じものだった。
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