第十六話 ハクアの思い
英雄グレンザーの名を貧民街に住むマヌル人が知らぬことなどあり得ない。
三十年前、奴隷だったマヌル人を解放した英雄は、銅像となって今もなお記憶に刻まれていた。
故に年に一度、英雄に感謝する祭りが開かれる。
それは今年も変わることなく、より人々の想いは増していた。騎士達の存在によって彼らの意識も変化しているのだろう。
住人達は皆、銅像に手を合わせて祈るのだ。
どうにか平和でいられますようにと。
「この人が、英雄」
「ああ。知っているか?」
「聞いたことはある」
英雄像の前まで来たグレイ達は、他の者達と同様に手を合わせて祈る。
かつて自由を勝ち取った英雄が、またその自由を守ってくれるようにと、そう強く願い続けた。
グレイもユウも、ハクアも手を合わせる。
ふと見上げれば、ただの銅像だというのに恐ろしいほどの覇気を感じた。
銅像でこれならば、実際はどれほどだったのか。グレイは身震いする。
「よし……行くか」
「うん」
そして英雄へ願い終えれば、皆気分を切り替えて祭りを楽しむ段階に入った。グレイ達も例外ではなく、沢山の人が並ぶ屋台にお腹を空かせて並ぶ。
ユウの希望が大分反映された食事を沢山購入し、人気の少ない場所まで移動した。
「今年の祭りも、無事に進みそうだな。また来年も頼むよグレイ!」
「そうだな。……来年も、変わることなく祭りをしよう」
ベンチに三人並んで座り、ユウとそんな会話をしながらグレイはチラリとハクアを見る。
彼女がいれば、国はそう簡単に手を出してこないだろう。
未来はハクアに掛かっていると言っても過言ではない。
「ん、美味しい」
「だろ。意外と美味いんだよ、ここの飯もな」
「皆で頑張って考えたんだ!」
露店で買った食べ物を、ハクアは美味しそうに食べ進める。
王族たるハクアにこれらを食べさせることをユウは最後まで躊躇していたが、もう手遅れだ。
ハクアは笑顔で食しているから良しとしよう。
「ここは、活気があるね」
「ハクア様、ここはグレイ達が皆んなで頑張って平和にしたんだ。昔は本当に酷かったけど、今は見違えたんだ!」
「そっか……凄いね」
「だろ。頑張ったよ」
そう言ってハクアは、グレイを見つめて微笑んだ。
そして遠くを見つめ、何かを考える。
「私は王族なのに、ここのことをよく知らない。マヌル人のことも」
「まあ……俺達も教育を受けたわけじゃないから、実のところ良く知らないけどな」
かつてマヌル人の王国があり、それがクリスタ王国に滅ぼされて奴隷となった。そんな簡単な歴史を、貧民街の老人から聞いたぐらいだ。
マヌル人がどんな人種なのか、その歴史も長い時をへて埋もれてしまった。
「奴隷解放も、王位継承を切っ掛けとした内戦を気に、英雄グレンザーが現国王の陣営に付くことでなした。ぐらいしか知らないしな」
「そっか。……陛下は王位を掴むために、奴隷だったマヌル人と協力して勝利した。というのは私も聞いた」
貧民街の老人が言うには、交渉の末現国王の味方をすることでマヌル人は奴隷から解放されたらしい。
とはいえそういう事実がふわっと知られているぐらいで、後は英雄グレンザーの活躍しかグレイは知らない。
「解放されても、苦しい生活だったんだね」
「ああ。それも全部、グレンザーが内戦で戦死したからかな」
そう言ってグレイは、空を見上げた。
酷い内戦だったらしい。英雄グレンザーも、マヌル人の有力者達も多くが死んだ。
その結果、勝利しても纏めてくれる人がいなかった。
奴隷から解放されたマヌル人は、金も家もなく野宿をするしかなかった。
一部のマヌル人は奴隷時代にやっていた仕事にありつけたが、大半はそうではない。
何も持たないマヌル人は犯罪を起こすと王都の外に追いやられ、この場所に隔離される。
当初の名前は貧民街ではなく、マヌル人隔離地区だ。
そして放置され、数少ない資源を奪い合い、殺し合い、酷い時代を過ごした。
もし英雄グレンザーが生きていたら。マヌル人を纏めて、一致団結して、もっとマシな生活ができていただろう。
老人達から話を聞く度に、グレイはそう思う。
「まあ大変だったけど、グレイや兄ちゃん達があたし達を救ってくれたんだ」
「……そうだな」
「……ごめん、ね」
「ん、どうしてハクアが謝る」
「国がちゃんと、手助けしないといけないこと。私達がしっかりしていれば」
「そりゃ、そうかもだがハクアが謝ることじゃない」
三十年前はハクアは生まれていないし、今のハクアにもそんな権限はない。
姫騎士だ王族だと言ったところで、まだ十八歳の小娘でしかないのだ。
それを謝るべきは大人であって、ハクアではない。
しかしハクアしか謝らないだろう。国の上層部は、奴隷から解放されたとしてもマヌル人を見下しているのだから。
共に王位を取った協力者、とは多分思っていない。
体よく利用されたのだろう。それは断片的な情報でも察せることだ。
「まあ、もう昔の話さ。そんなものに囚われず、今はようやく平和になったこの場所を守るだけさ」
「……絶対、壊させない。安心、して」
「ああ。頼んだぜ」
姫騎士ハクアが味方に付いてくれれば百人力だ。
国が何かをしようとしてきても、彼女が止めてくれるだろう。
「ん……兄ちゃんだ!」
そんな会話をしていれば、ユウはそう言って立ち上がる。
その視線の先をたどれば、一人の男がキョロキョロと周囲を見渡していた。
「お、本当だ。おーいゴーズ!」
「兄貴! それにユウも」
目ざとくゴーズを見つけたグレイは、大声で呼び止める。それにゴーズは気づき、こちらへ駆けよって来た。
「兄ちゃん!」
「ユウ! 元気だったっすか?」
「もちろんだ!」
ユウは笑顔でゴーズに飛びつくと、ぎゅっと抱きしめる。
久しぶりに会えた家族に、幼い少女は存分に甘えていた。
「ユウは、あの人の、妹?」
「ああ。……あんま似てないだろ」
「う、うん……」
抱き合う兄妹を見て、ハクアは首をかしげる。
ゴーズとユウ。二人はあまり似ておらず、言われたとしても兄妹とは思えない。
共通点と言えば、二人とも背が低いというぐらいだ。
「父親が違うからな」
「っ……そ、そっか」
「まあ、ここじゃ別に珍しいことじゃない。親がちょっと違ったところで、あいつらの絆は本物さ」
抱き合う二人を見れば、似てなかろうがちゃんと兄妹の絆があることがわかる。
ゴーズもユウも幸せならば、何の問題もないのだ。
「あ、そうだ兄貴。ちょっと用事があるんすよ」
「おおトラブルか?」
ユウとの抱擁を終えれば、ゴーズは本来の用事を思い出したとばかりにそんなことを言う。
「ちょっと込み入った用事があって……来てくれますか?」
「了解。すまないな、ハクア。ちょっと行ってくる。ユウと一緒にいててくれ」
「うん。気を付けてね」
「ちょっと借りてくっす。すいませんハクア様」
ペコペコとゴーズは頭を下げながら、グレイを連れて去っていく。
その背をハクアは寂しそうな瞳で見送った。
「グレイは忙しいな」
「そうだね。帰ってくるまで、待ってようか」
「ううん。なんか時間みたいだから、ハクア様行こう」
「えっ?」
グレイの姿が見えなくなったのを確認してから、ユウはハクアの手を取った。
そしてどこか行きたい所があるのか、グイグイと引っ張る。
「待ってなくて、良いの?」
「しばらく帰ってこないよグレイは。だから行くんだ」
困惑しつつも、その言葉に従い導かれるままに歩く。
ユウの目的地は決まっているようで、その足取りに迷いはない。
「兄ちゃんな、グレイに邪魔されたくないから連れてったんだ」
「邪魔されたくない?」
「うん。ほら着いた」
ユウによって導かれたのは、少し寂れた場所にある建物の前だった。
結構立派な建物だが、ユウがなぜここに連れてきたのかが見えてこない。
「リズリー姉。カストロン! 言われた通り連れてきたよー」
ガチャっと扉を開け、ハクアの手を握ったままそう叫びながら中へと入る。
「ハクア様。ごめんな。あたし達、グレイのこと大事だからちゃんと話しとかないといけないんだ」
「話す……あの人達と?」
中に入ればテーブルとイスがある部屋になっていて、そこには二人の人間が待ち構えていた。
それはグレイの仲間達。リズリーとカストロンである。
「ようこそ姫騎士様。一応確かめとかないとって思って、ユウに連れてきてもらったのよ」
「はっはっは。まあ楽に行こう。危害を加えるつもりはない。ただ俺達はグレイを守らないといけないと、そういうことさ」
「ちょっと話すだけだって。ハクア様、座って座って」
「うん……」
ユウに手を引かれ、リズリー達の前に座る。
彼女の目は真剣だった。ハクアの奥底を覗き込むように、深い色をしている。
ハクアは息を呑み、彼女の言葉を待った。
「単刀直入に言うわ姫騎士様。あんた、グレイのこと好きでしょ」
リズリーは一切取り繕うことなく、ハクアへそう問いかけた。
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