第28話 嫉妬と花冠
花冠を上手く作れたら、殿下に差し上げよう。
そう考えたアヴェルスは、ソワールに似合いそうな花を集めていた。青い花に囲まれてぽつんと一輪だけ咲いていた白い花。宝石のような雨粒を溜めた緑色の花、少し寂しさを感じさせる儚い淡青の花。
手の温度で花が萎れないように、アヴェルスはそっと摘んだ花を持ってソワールの元へ戻った。しかし、先程まで自分が座っていた彼の隣には見知らぬ男。
その男は一輪の真っ青な花を捧げ、誘惑するように殿下の手の甲にキスを落とした。
嫌だ。
なぜ、そう感じたのかはわからない。けれど、二人を見て嫌な気持ちが体中を巡る。少しの苛立ちと、悲しみと、驚き。そして心を動かすような、何か。
気がつくとアヴェルスは花を全て手放し、殿下に触れる男の手を掴み上げた。
「その方はだめです」
「ッ…」
頬を染めてアヴェルスを見上げるソワールに、アヴェルスも何も言えない。どうしてだめだと言ったのか、その理由が自分でもよくわからない。
するとその男は堪えられず、盛大に笑った。
「こんな辺鄙な場所に殿下がいらっしゃったから、ちょっと挨拶しただけじゃないか。なに、もしかして俺が殿下を口説いているように見えちゃいました?」
まだ笑いの収まらない男は、頬を染めるソワールとムッとした表情のアヴェルスを見てなるほど、と理解する。
「邪魔しちゃったみたいだな」
やれやれと立ち上がると、男はアヴェルスに手を差し出した。
「俺はこの湖に住む医者でね、ソワール様をちょっとからかっただけ。そんなムキにならないでほしいもんですよ」
アヴェルスの気持ちに本人よりも先に気がついた医者は、手を握り返そうとしない彼に肩を竦めた。
「初々しいものも見れたし、午後の診察始めるかぁ~」
医者はどこからともなく現れ、またどこかへと消えてしまった。
落としてしまった花を拾うと、アヴェルスは再びソワールの隣へ先程よりも傍に腰を下ろした。
「……あの噂、本当だったんだね」
変人だが優秀な医者がいる。それは噂ではなかったらしい。
けれど、そんなことはどうだってよかった。どうして今、こんなにもあの医者を腹立たしく思っているのだろう。ただ殿下のお手に触れて、挨拶をしていただけ。それなのに、殿下とその手にキスを落とす医者、その光景を思い出すだけで胸が締め付けられるように苦しい。
「アヴェルス?」
心配そうに顔を覗く殿下の頬へ無意識に伸ばされたアヴェルスの手は、ハッとした彼によって下ろされてしまう。
「ッ…も、申し訳ありません」
今、俺は殿下に触れようとした?。触れたいと、思ったのか?
アヴェルスが下ろした手を残念そうに眺めるソワール。その儚げな表情を見て、彼はやっと気がつく。
そうか、俺はあの医者に嫉妬したんだ。嫉妬して初めて気持ちに気づかされるなんて。
「花冠、作ろうか」
そう言って微笑む殿下に、俺はいつの間にか好意を寄せていたんだ。
気持ちに気がついたアヴェルスは熱くなっていく顔を片手で覆った。
「どうしたの?」
「いえ、何でもありません」
「?、そう。それじゃあまずは…」
この人は王弟だ。花を丁寧に織り込んでいく指の先まで高貴な血が流れている。奴隷として売られそうだった俺とは、身分が違いすぎる。
「出来ました」
「綺麗に出来ているよ。アヴェルスは器用だね」
想いに気がついたからと言って、この先殿下にこの気持ちをお伝えすることはないだろう。そんな切ない気持ちで俯いていると、頭上からふわりと馨しい香りがした。髪に触れようとすると、それよりも先に花が触れた。どうやら殿下が、作った花冠を俺の頭に乗せたらしい。
「ではこれは殿下に差し上げます」
「いいのかい?」
少しだけ頭を屈めた殿下の頭に作ったばかりの花冠を乗せる。
「とてもよくお似合いです、殿下」
これまでとは違ったアヴェルスの熱い視線に、ソワールは高鳴る鼓動が彼に聞こえてしまうのではないかと胸の当たりを押さえた。
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