第21話 隠し部屋
街の人々が行き交うメインストリートまでやって来ると、ソワールは足を止めた。
「行き先を決めていると話していまし…」
じと目で見られて慌ててアヴェルスは口を手で覆い、言い直す。
「話してたよな?。道がわからなくなったのか」
首を振る殿下は「道は知らないんだ」と
「アヴェルスのおすすめする本屋へ連れて行ってもらおうと思っていたから」
こちらを見上げる殿下にほとほと困らされてしまう。急にお勧めと言われても、パッと浮かぶのは人気のない穴場の本屋ばかり…ん?、穴場?。
「丁度いい店があるぞ」
アヴェルスがソワールを連れて向かったのは、建物と建物の隙間に位置している日の当たらない本屋だった。
「この店は一見幽霊でも化けて出そうな怪しい雰囲気だが、本の虫の集まるただの本屋だ。常に人気がないからゆっくり吟味して気に入りの本を選べる」
「いいね。まずはここに入ろう」
いくらマントを被っているとは言っても高貴な雰囲気は消しきれないだろう。案内するなら人があまり寄り付かない穴場の本屋の方が安全だ。
アヴェルスはソワールの身の安全を考えて店を選んだのだ。
「書庫の番人になる前は、よくここへ?」
「そうだな。古書店で働きながら給料が入ると、ほとんどの本はここで買っていた」
「馴染みの店なんだね」
殿下はどこか嬉しそうに店へと入って行った。本棚に収められた本を引き出して開いては、気に入ったらしい本を胸に抱えるというのを繰り返した。
知り合いである店主を探していると、殿下が背伸びをしているのに気がついた。一番上の段にある本は殿下の背丈では届かないのだろう。
アヴェルスが代わりに本を取って渡すと、ソワールは頬を真っ赤にして「ありがとう」と小さな声で呟いた。
「また気になる本があったら遠慮なく声をかけてくれ。取ってやるから」
『気になる本があったら遠慮なく声をかけてくれ。下の方に積まれた本を抜き取るのにはコツがあるんだ。俺でも時々失敗して、上に積まれている本たちがなだれ落ちてくるんだ』
昔アヴェルスの働く古書店へ幼き日のソワールが訪れた時。あの時も彼は自分に声をかけてくれたと、ソワールは過去を追想していた。あの時は何とも思わなかった言葉だったが、今はなんだかその言葉をくすぐったく感じていた。
気恥ずかしさと懐かしさを感じながら。ソワールは彼の心遣いと優しさに感謝しながら静かに頷いた。
一時間は経っただろうか。まだ本を選び続けている殿下の手にはもの凄い数の本が抱えられていた。あれを全て買うつもりなのだろうか、流石は王弟だ。
「よう、アヴェルス」
探しても見つからなかったというのにどこから現れたのか。よく知ったここの店主、クラージュが肩に腕を回してきた。
「久しぶりじゃん、死んだのかと思ってたぜ」
彼は俺と同い年で、少し境遇が似ていた為仕事のない日にはよくこの店でだべっていた友人だ。
「お前こそ、繁盛しなくて干からびたトカゲみたいになっているかと思ったぞ」
殺伐とした会話に殿下が驚かれるのではと心配したが、そうでもないようだ。それよりも頬を膨らませながらクラージュの腕をアヴェルスの肩から下ろした。
「こいつは?」
クラージュはこのお方が王弟だと知る由もないのだから仕方がないとは言え、客に対して「こいつ」とは無礼すぎる。
卒倒しそうになりながらどう殿下をどう紹介しようか考えていると…
「本屋巡りをしているただの本好きさ。この人に案内をお願いしているんだ」
「次の仕事は案内人か。頑張れよ、アヴェルス」
「ああ、お前もな」
親し気な二人の様子を憮然な表情で横目に見ていたソワールが沢山の本を抱えているのに気がついて、クラージュは「貸しな」と笑った。
「あんた、その顔全部買う気だろ?。会計台で預かっててあるから二階の本も見て来いよ」
「二階が?」
「アヴェルスの連れだからな。特別だ。梯子はそこの本棚の奥だ」
本の虫ばかり集まる店だから、客数はそれほどではないが本は飛ぶように売れてしまう。小出しに商品を出すために、ストックしてある本を二階に隠すように保管しているらしい。
「いいのか?。お前の家も兼ねてるだろ」
「いいっていいって。ゆっくりしてけよ」
ソワールはクラージュの指さした本棚の前までやってきた。本棚の奥と言われたけれど…
「この本棚、背面が壁付けされていて奥なんかないじゃないか」
騙されたと頬を膨らますソワールに苦笑したアヴェルスは、棚の左側を指さしながら説明をする。
「左側に隙間があるだろ。横歩きでこの隙間を抜けるんだ」
疑問符を浮かべながらもアヴェルスの言う通りに本棚と壁の隙間を横歩きして抜けたソワールは目の前にある梯子に思わず声を上げた。
「ここから上に行くんだ」
「まるで隠し部屋だね」
魔法のかかった書庫を持っているのに、殿下はもの凄く驚きながら梯子に手をかけた。
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