第22話 驚いた?

 梯子を登りきると、一階とは違って本が床に積まれた部屋へと辿り着いた。くたびれたソファやハンモックなど、クラージュの生活感溢れる空間が広がっていた。



「わあ、これ探していた本だ」



本の山に駆け寄ったソワールは地べたに座り込んで早速本を開いた。

 時間を忘れて読みふけっていると、珈琲の入ったマグカップをアヴェルスに差し出された。



「勝手にいいの?」



そう言いつつもマグカップをしっかりと受け取るソワール。



「クラージュとは気心知れた仲だから」



少し複雑な気持ちになりながらカップに口をつけたソワールは、アヴェルスに他にもお勧めの店を教えてほしいと頼んだ。

 ひとしきり二階で本探しを楽しむと、ソワールは会計台へと向かった。



「秘密の二階へ通してくれてありがとう。おかげで素敵な本を沢山買えたよ」


「いいっていいって。ちっと買い尽くされそうでおっかなかったけどな」



会計を済ませるとソワールはさっさと店を出た。早く次の店へ行きたくて気が急いているようだ。追いかけようとしたアヴェルスをクラージュが引き留めた。



「お前、気づいてんのか?」



何を言われているのかわからないと言った表情でクラージュを見るアヴェルスに、彼は呆れたようにソワールの背中に視線をやった。



「鈍感を好きになると苦労するよなぁ。俺は気をつけよ」


「おい、何の話だよ」



答えぬままクラージュは手をひらひらと降って店の奥へと戻ってしまった。

 その後もアヴェルスの勧める本屋へ何軒も回ったソワールは、慣れた様子で城下町での買い物をこなしていた。

 どんなにボロのマントを被っていても、そのうち王弟だと周囲にばれてしまうのではないかと冷や冷やしていたけれど、殿下は完全に城下町の人間に溶け込んでいた。

 それに、高貴な方が自分で重い荷物を持っているイメージがなかっただけに、もの凄い冊数の入った鞄を涼しい顔をして持ち歩いていることに驚いてしまう。

 気になったアヴェルスは声を落としてソワールの耳元で尋ねた。



「城下町にはよくこうしてお忍びで?」


「幼い頃からね。驚いた?」


「はい。いつもは誰がお供を?」


「誰も?」


「はッ?」



大きな声を上げたアヴェルスに、街の人間の視線が集まる。慌てたアヴェルスは咳払いをして誤魔化す。



「本当ですか?」


「兄と仲違いしてから僕に使用人の類はいない。城では王弟邪魔者扱いされているから、もし僕に何かあってもむしろ好都合だと考える人間の方が多い。僕が死んで悲しんでくれるのは、きっと甥っ子のシュエットと君たち書庫の番人くらいだね」



俯きがちにそう呟いたソワールにアヴェルスが何かを言おうとした時、彼ははっとしたようにある店を指さした。



「あの店に寄ってもいい?」



元の声量で尋ねられたので、再び殿下との慣れない話し方へ戻す。



「構わないが…俺の知る限りあの店に本は売ってないぞ?」


「わかっているよ。悪いけど、ここで待っていてもらえるかな」



そう言って殿下が入店したのは、年季は入っているものの老舗のような趣のある文房具店だった。

 言われた通り店の前で待っていたが、本屋の時とは違い直ぐに店から出て来た。



「何を買ったんだ?」



興味半分で尋ねてしまい「しまった」と思ったが、殿下は少し躊躇いがちに「インクと便箋だよ」と頬を桃色に染めながら答えてくれた。

 殿下が手紙を出す相手。それは将来彼の后になる女性だろうか。

 殿下が彼に似合いの見目麗しい女性と一緒にいる想像をすると、なんだか複雑な気持ちになった。殿下が幸せになるのはいいことなのに、もやもやするその気持ちがわからぬまま、アヴェルスは耳まで真っ赤にして先を行くソワールに追いつくために歩調を速めた。

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