第7話 殿下へのご挨拶
「俺は何からしたら?。掃除をするだけでも楽しそうだ。ああ、また本と触れ合える仕事に就けるなんて」
浮かれて花咲く野原に寝そべる少年のようなアヴェルスの顔を覗き込み「まずはソワール殿下の元へご挨拶に行きますよ」とイスバートは微笑した。
再びマントを目深にかぶったイスバートと、まだどこか夢見心地なアヴェルスは一度書庫を出て、ソワールの自室へと向かった。
先程まで日の当たる廊下を延々と歩き、角を曲がりを繰り返していたが、急に辺りが暗くなった。どうやらこの辺りは日当たりがよくないようだ。廊下もまるで真夜中のような雰囲気だが、僅かに差し込む陽光が月光のようにも見えた。
「ここが殿下のお部屋です」
イスバートさんが扉をノックすると、「お入り」という美しい声音が聞こえた。
彼について中へ入ると、まず視界に飛び込んできたのは壁際に積み重ねられた本の山だ。
イスバートさんは奥行きのある部屋を、踵のある靴を子気味よく鳴らして進んで行く。
本の積み方が古書店と同じだ。下の方に積まれた本を抜くのに骨が折れるだろうな。
そんなことをぼんやりと考えていると、急に本の量が倍になった場所へ出た。そこには木製の書斎机と天蓋つきの大きなベッド。ベルベット素材や革生地の応接ソファも置かれている。どの家具も、木で出来た部分には大小様々な赤い宝石がはめられていた。
本に囲まれた天蓋つきのベッド、そこには横になりながら本を読んでいる青年がいた。彼が王弟のソワール殿下なのだろう。
ふわりとした柔らかな銀髪に、透き通るような肌。まるで絵本の中から飛び出して来たかのようなお方だな、という印象を持った。彼だけではない。イスバートさんといいビノーコロといい、少し童話めいた雰囲気を纏った人たちのように思える。
彼は本から目を逸らさずに、ため息を吐いた。
「またビノーコロがみつからないの?。今ここにはいないよ」
「いえ、ビノーコロは只今書庫に。アヴェルスさんをお連れしました」
イスバートがそう告げるなり、ソワールは瞬時に二人へ視線を向けた。柘榴のような赤紫色の瞳にじっと見つめられ、アヴェルスはふと思ったことが咄嗟に口からこぼれてしまう。
「前にどこかでお会いしたことがありますか?」
黙ったまま目を大きく見開いている殿下に、無礼を働いてしまったとアヴェルスは緊張で唇が震えた。
「も、申し訳ありません。そんなこと、あるわけがないですよね。城下町の外れに住んでいた俺が…ああ違う、私が殿下とお会いしたことがあるだなんて。申し遅れました、私はアヴェルスといいます」
「ふふ、そう緊張せずに肩の力を抜いてくれていい。それに君の名前は知っているよ。そうだ、もう書庫には行った?」
よかった。初日から主を怒らせてしまったのではと冷や汗をかいたが、どうやら殿下はお心の広いお方のようだ。
「はい。是非殿下の書庫の番人として働かせてください」
「君ならきっとそう言ってくれると思っていたよ」
その言い回しに少し違和感を覚えるが、緊張の方が勝ってその違和感はすぐに霧散した。
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