第6話 書庫の番人

 中から先の猫の声が聞こえ一歩踏み出そうとしたところで、イスバートさんがそれを制した。



「ここから先で見たこと、あったこと、それからここの存在は口外禁止です。よろしいですね?」



頷くと、彼も俺を扉の向こうへと通してくれた。

 中に入ると、もう背後に扉はなかった。蔦植物と咲き乱れる花に覆われた白い大理石が、何か?と言わんばかりにこちらを見ているだけだ。

 改めて通された場所を見回して見ると、円柱型の変わった内装をしていた。室内であるのに噴水やその周りに花咲く円形の野原が広がっている。見たこともないような金銀の蝶が、どこから差しているのかわからない光に照らされ眩しい。壁面は全て本棚で、それは見えない天井の先まで続いているように見える。



「まるで魔法を見せられている気分だ…」


「その通りさ」



足元にいた猫は噴水に沿って左回りに歩いて行き、一周して戻ってくる時には人の姿になっていた。

 美しい淡いエメラルドグリーンのスリーピーススーツを着ていて、どこか猫らしさの残る深い緑色の瞳に、肩まで伸びた美しい白髪をしている。



「ボクはビノーコロ。魔法使いで、第一の書庫の番人でもあるのさ。堅苦しいのは嫌いでね、フランクに話しかけてくれるかい?」



エメラルドグリーンのハットを取って、首を横に傾げるビノーコロ。魔法使いと聞いてビノーコロとは反対側に首を傾げるアヴェルスに、彼は「君が説明しておやりよイスバート」と、彼が目深にかぶっていたマントを触れずに引きはがす。



「やめなさいビノーコロ、心の準備が」


「いいじゃあないか。ここでのことは口外禁止。君が獣人であるということが外に漏れることはないさ」


「獣人?」


「…ええ。その通りです」



イスバートは獣の角に触れ、目を逸らしながらアヴェルスの問いを肯定した。



「本当に俺は物語の世界にでも迷い込んだのか…」



顔を真っ赤にしながらなんとか「違います」と困惑するアヴェルスの考えを否定するイスバート。そんな彼らの様子を面白がるように、ビノーコロはハットをかぶり直した。。



「ここは国王陛下の弟君であられるソワール殿下の書庫。私たちはソワール様がこよなく愛され大切にされている本を管理する番人、いわば書庫の番人なのです」



書庫の、番人?



「ここでの仕事は、ソワールに持って来いと頼まれた本をあの子の部屋へ持って行ったり、書庫内の本を整理したり掃除したり…ま、そんな感じさ」



ざっくりで雑な説明をビノーコロがするものだから、イスバートが大きなため息を吐く。それを慰めるかのように、ガラスのように透き通った蝶が銀の鱗粉を降らせながら彼の傍で羽ばたいている。



「書庫の秘密を知っている番人である我々は、規則としてソワール殿下の自室以外の場所へ外出する際には許可をいただかなければなりません」



使用人であるのだから外出の際主あるじに許可をもらわなければならないのは当然だろう。



「ですがその不自由さの代わりにと、ここにある本を自由に読んでいいという許しをいただいております」


「そんなッ。なんて素晴らしい仕事なんだ。本当に夢みたいだ」



感動のあまり放心状態になってしまったアヴェルスを可笑しそうにじっと見つめるビノーコロは、積み重さねた本の上にティーカップとソーサーを用意して、宙に浮いたティーポットに紅茶を注がせる。美しい赤茶の揺れるカップの中を少し眺めた後、その縁に口をつけた。

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