第1章

第4話 謎の客人

 あれから十三年、アヴェルスは三十一歳という年齢になっていた。

 十三年間諦めずにあの時の少年を探したが、指輪を見せた街の人間は誰も持ち主について心当たりがないようだった。そのため、彼の胸元には今でも赤紫色の指輪が、あの時から変わらず今日も煌めいていた。



「悪いね、店じまいを全部お前に任せてしまって」


「いえ。でも、この店がなくなってしまうのは本当に残念です」



段々と体のあちこちに故障が出るようになってきていた店主が隣国に住む息子家族と一緒に暮らすことになり、この古書店は泣く泣く店じまいすることに決めたそうだ。

 今日中には店をしめ明日には隣国へ発つのだと前々から聞いていたので、古書の整理や分別、いつも通りの営業から掃除まで全てをアヴェルスが担っていた。



「すみません」



来客に店主が椅子から腰を上げようとするのを制し、アヴェルスは掃除用具を置いて声のした店先へと足早に向かう。



「はい。どのような本をお探しですか?」



珍しい客人だ。この古書店には子どもか、子どもを連れた大人が訪れることが多い。けれど今目の前にいる客人は、アヴェルスよりも背丈のあるマントを被った者一人だけ。

 彼は静かにマントの隙間から鋭い爪先を覗かせると、美しい所作で古書を指さした。その指先はこの街に多い白い肌でも、俺と同じような褐色の肌でもなく夜を閉じ込めたような漆黒の色をしていた。外国からのお客さんだろうか、とアヴェルスは首を傾げるが特段気にしていない。それに安堵したように一つ息を吐いた客人は、柔らかな声音で告げた。



「これ、全ていただきたいのですが」



一瞬何かの間違いかと自分の耳を疑ったが、「王弟殿下のお使いでこちらに参りました」と告げる客人にそういうことかと納得する。それと同時に、城から一番遠いこの古書店の存在を王弟であられるお方がご存知であることが意外だった。



「かしこまりました」


「馬車を用意しておりますので、こちらに積んでいただけますか?。わたくしもお手伝いいたしますので」



 店じまいまでに売れなかった本を全て隣国へ持って行くことは出来ないと困っていた店主は、嬉しそうに本をまとめ始めた。

 店主が椅子に座りながら本を何冊か紐でくくり、まとめられた本をアヴェルスと客人で馬車へと積んでいく。



「今日で店じまいだそうですね」


「なぜそれを?」



微笑むだけで何も答えない客人は、深い青色の目をアヴェルスに向けた。



「次の働き口はみつかったのですか?」


「いえまだ」



客人は最後の本を馬車に積み終わると、嬉しそうにある提案をした。



「では私と共に王弟殿下の元で働きませんか?」



突然の申し出に、言葉を失っているアヴェルスに代わって店主が興奮したように「いいじゃないかアヴェルス」と彼の背中をばしばしと叩いた。



「よろしいんですか、俺なんかで」


お声をかけさせていただいたのですよ、アヴェルスさん」


「?」



願ってもない話だったので、アヴェルスも二つ返事で彼の申し出を受けることにした。

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