第11話 ムーシカからの手紙 君と話がしたい

「ボクからの説明は以上だよ。何か質問はあるかい?」


「この書庫に天井はあるのか?」



疑問をぶつけてみると、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりにビノーコロは現段階での最上階へとアヴェルスと移動した。



「ソワールは本の虫だからね。これからどれほどの本が増えるかわからない。天井を作らずにいれば、本棚の階層を自由に増やせるだろう?」



そう言いながら彼は指先で天井と思しき暗黒の空間に触れた。



「厳密に言えば天井はある。その天井まで続くこの余白が無限と言えばわかりやすいかな?」


「な、なんとなく理解したよ。陽光や月光はどう取り入れているんだ?。見たところ明り取りはないようだが」



もう説明に飽きたのか、温かいカモミールティーを片手に読書を始めていた。



「まあ、適当さ。そこらへんのことは」



適当な返事をされ、質問するのはもうやめた。魔法使いはみんなこう、大雑把な性格をしているのだろうか。そもそも、魔法使いは何人もいるものなのだろうか。

 三階へ戻って来ると、飲み干したカップを小さなはじける光と共に消すビノーコロ。



「さあ、今日はもうおやすみ。寝物語にどの本でも好きに読むといい。ソワールのお気に入りの蔵書を読むことが出来るのは、我々番人の特権だからね」



もう就寝するよう促され、彼とイスバートにおやすみなさいと告げると、アヴェルスは早速就寝前に読む本を探した。



「俺が一番好きな本のある棚へ行きたい」



そう呟き歩いていると、いつのまにか八十六階に来ていた。

 よく見れば、階ごとに木製の本棚に刻まれている模様が異なるようだ。

 三階は馬の模様が掘られており、この八十六階には薔薇の模様が掘られていたが、花の名前に疎いアヴェルスには何の花なのかまではわからなかった。

 そんな見事な彫刻のされた本棚を見上げると、探していた本をみつけることができた。なめらかな背表紙に、開けば純白のページの『旅重ねて』。



「これは…もう一冊の方か。だから殿下は〝アヴェルス〟をご存知だったんだな」



その本を持って三階の自室へ戻ると、アヴェルスは早速ページを捲った。



「懐かしいな…幼い頃毎日この本を読んだっけ」



主人公と名前が同じこともあって、まるで自分がムーシカと一緒に旅をしているような感覚で読み進めた記憶がある。

 アヴェルスがムーシカに出会う場面が描かれたページに、一通の手紙が挟まっていた。差出人はムーシカ、宛名は…



「『書庫の番人アヴェルスへ』だって?」



どうやらこの手紙は作中に登場するアヴェルスではなく、俺に宛てられた手紙のようだ。ビノーコロの悪戯ではないかと一瞬封を切るのを躊躇ったが、好奇心の方が勝って結局封を切ることにした。



『   アヴェルスへ

君と話がしたくて、手紙を書いてみたよ。

可笑しいよね、長旅の間嫌と言うほど他愛のない話をしてきたっていうのに。

僕はねアヴェルス、君に救われたんだ。君がいると思うだけで、生きる希望が湧いたんだ。

感謝の気持ちをどうしても伝えたかったんだ、ありがとう。

もし出来ることなら、こうして君と話がしたいな。これまでの旅の話ではなくて、ずっと語らなかった僕たちの話を。

              ムーシカ 』



この本は俺にまた魔法をかけてくれたらしい。物語の登場人物だから、物語の外である現実ではいくら望んでも会話することが叶わなかったムーシカから手紙をもらうことが出来た。

 返事を書こうと思った時には部屋の中に机と椅子、それからペンと便箋が現れていた。何とも便利な魔法がかかっているものだ。階層の移動だけでなく、書庫の中であるこの部屋にも魔法がかかっているらしい。必要な物がすぐに現れる魔法とでも名付けておこう。

 本当にビノーコロは魔法使いなのだな、と改めて実感させられる。

 アヴェルスは椅子に腰かけると早速便箋にペンを滑らせた。



『   ムーシカへ

手紙をありがとう。俺も幼い頃から君と話がしたいと思っていたんだ。

まさか君から手紙をもらえるなんて思ってもみなかった。

俺も君の存在があったから、ここまで生きて来られたんだ。生きる喜びなんて一度も感じたことがなかった俺に、生きる喜びをくれたのが君だったんだ。俺の方こそ、ありがとう。

まずは何の話からしようか迷ってしまうな。そうだ、君の好きな色は何色だ?。

子どものような問いかもしれないけれど、俺は君のことを何も知らないから知りたいんだ。好きな色なんていう、些細なことでも。

             アヴェルス 』



 アヴェルスは返事を書くと封を蝋で閉じ、先程手紙が挟まっていたのと同じページに手紙を挟んで閉じた。

 自分の書いた手紙がムーシカへ届くことがないとはわかっていた。それでも物語の中からあのムーシカがまるで俺に話しかけてくれたような手紙演出が嬉しくて、返事を書かずにはいられなかった。

 アヴェルスは使用人が使うには少々豪華なベッドにそっと横になると、静かに寝息を立て始めた。



 翌日、妙に気になって『旅重ねて』の件のページを開いてみると手紙が挟まっていた。初めは自分の書いた手紙がそのままになっているのだと思ったアヴェルスは、その宛名を見て驚愕する。宛名には再び『書庫の番人アヴェルスへ』と書かれていたのだ。昨夜自分が読んだ手紙ではと思ったが、その手紙は枕元に置いてある。今手にしているこの手紙は、まだ封が切れていない。



「まさか…」



恐る恐る手紙の封を切ると、昨夜とは異なる内容が綴られていた。



『   アヴェルスへ

手紙をありがとう。僕の好きな色は赤だ。けれど、纏う服は白が多いよ。純白はどの色にも染まっていないところが好きなんだ。

君は何色が好きなの?

僕からも君に聞きたいことが沢山あるよ。君の好きな音楽、君の好きな香り、君の好物、君の好きな動物、どんなことでもいい。

旅の間、自分のことについてはずっと口を噤んでいた君のことを僕に教えてほしい。

              ムーシカ 』



なぜ返事が来るのか、そんなことはどうでもよかった。ただ純粋に、ムーシカと会話が出来ることが嬉しかった。

 仕事を終えたら今夜もこの手紙に返事を書こう。そう心に決めながら、アヴェルスは一階で自分の名を呼ぶイスバートの元へ急いだ。

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