第10話 この書庫について

 書庫に戻ったアヴェルスは、早速イスバートに仕事を教わった。どの本がどの棚にしまわれているのかを記載したリストの見方や、本棚の細やかな掃除の仕方など、書庫にある本の冊数ほどではないが、覚えることは山積みだ。



「第一の番人であるビノーコロは主に書庫全体の管理を担っています。それから殿下が所望する本を我々に伝えるのも彼です」



書庫の中に存在する見えない天井の先まで続いている本棚、野原や噴水といった魔法で生み出されているらしい物の維持はビノーコロが魔法で行っているらしい。

 彼の気分次第では、実際には存在しない架空の生き物などがやってくることがあると言う。魔法使いの気まぐれ、とでも言うのか。



「じゃあ俺の肩に乗っているこの小鳥も?」


「ええ。本物の鳥ではなく、彼が魔法で生み出した幻想ですよ」



魔法と言い換えられることが出来る事柄――物語や音楽といった人に影響を与えるような――があることは自分の体験からあると信じていた。けれど、物語の中にしか登場しないような魔法使いが、魔法が、現実に存在しているとは思ってもみなくて実際にそれを目の当たりにしていることに驚いてしまう。けれど驚くのは束の間で、感動の方が勝った。

 この世にありえないことはないという考えを持って生きてきたアヴェルスだからこそ、すんなりと魔法を受け入れられたのだろう。



「第二の番人であるわたくしは、その…獣人ですから人間の知らない物語を本として残すのが役目です。獣人の語る物語は残されていないので」



森には獣人が住んでいるという噂を聞いたことはあったが、子どもを怖がらせるための作り話なのだと思っていた。それに話し聞いていた狂暴で残忍だと言われていた会ったこともない獣人と、今目の前にいて会話をしているイスバートさんとでは大分印象が異なる。

 実際にどんな種族だったのかがわからない獣人の間で伝承される物語は、人間である俺は聞いたことがない。イスバートさんが書き上げた本を殿下が読み終わった後、俺も是非読ませてもらいたいものだ。



「そして第三の番人、アヴェルスさんの仕事についてですが、主に本の管理をお任せしたいのです」


「本の管理、ですか」


「はい。殿下は毎日のように新しい本を買い求めては、拝読されています。読み終えた本をここへ運び、リストに書き加え、収納する。今まではビノーコロと私とで分担して行っていた仕事なのですが、この一切をあなたにお任せしたいのです」



「わかりました。精一杯務めさせていただきます」



 早速仕事にとりかかろうと、今朝ビノーコロが殿下の部屋から書庫へ運んだという本のタイトルをリストに書き加えようとしたところで、書庫に戻ってきた彼に羽ペンを奪われる。



「アヴェルスちょっといいかい?」


「なんだ?、ビノーコロ」



パッと消えたビノーコロを探すと、三階の手すりに頬杖をついてこちらを見下ろしていた。



「この書庫にはボクの魔法がかかっているから、三階へ行きたいなら三階へ行きたいと思いながらなんとなく歩いているだけで三階へ辿り着くように出来てる。書庫内の移動はそうするんだよ?」


「魔法使いじゃない俺でも、魔法を使えるようになった気分になれるな。わかったよ」



と、返事をしながらアヴェルスはビノーコロの横へ並ぶ。



「そうそう、その調子だよアヴェルス。もう少し練習してみるかい?」



 五階へ行って階下を見下ろしたり、十六階で歓声を上げたりと、子どものようにはしゃいでいるアヴェルスを見て楽し気に「戻っておいで」と笑うビノーコロ。



「書庫の番人はこの書庫に住むようソワールに命じられていてね。君にも部屋があるけれど、君が部屋を望まなければ部屋は現れてはくれない。だから今はこの書庫のどこにも君の部屋はない」


「では三階の南の方角に部屋がほしい」



すると、二人の背後に扉が現れた。どうやらここにアヴェルスの部屋が出来たようだ。



「書庫の中も外の時間や天気を反映しているんだ。星が見えるということは…?、はいアヴェルス」


「夜なんだな」


「そうさ」



天井が見えないのに、なぜか陽光や月光は差し込んでいる。不思議な空間だ。

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