第9話 気を引く方法
「目にダイヤを浮かべてどうしたんだいソワール」
緑色の猫はふさふさの尻尾を揺らして窓から部屋へ入ってくるなり、人の姿に変化する。
「うるさいビノーコロ、放っておいてくれよ」
「ふむふむ。十三年ぶりに再会したアヴェルスに、あの時の少年だと気がついてもらえなくて悲しみに暮れているんだね。そうかそうか」
「わかっているなら聞かないでおくれよ。本当に性格が悪いようだね」
十三年前、ソワールはアヴェルスから譲り受けた本を読んで魔法にかけられた。
その本は、旅をする二人の少年――アヴェルスとムーシカの物語。
二人はお互いがどのような過去を背負い、どのような身分であるのかを語らなかった。二人の歩む未来に、互いの過去や立場などどうでもよかったからだ。
少年アヴェルスはこの世に伝わるありとあらゆる物語を知っていた。少年ムーシカは美しい音楽を奏で、人々の心を癒すことが出来た。
そんな二人は何に縛られることもなく自由に世界を旅した。行く先々で出会う人々に、アヴェルスは物語を話し聞かせムーシカはその物語の世界観に合った音楽を即興で奏でた。二人はそれで日銭を稼ぎながら幸せに暮らした、という話だ。
生まれてから一度もこの国を出たことがなかったソワールにとって、この物語はひと時の間王弟であることを忘れられる魔法をかけてくれた。心を豊かにしてくれる音楽というものが好きだったソワールはムーシカに感情移入し、ムーシカになったつもりでアヴェルスと世界を旅した。嫌がらせを受けどんなに辛いことがあっても、兄に拒絶され続け寂しい思いをしていても、この本があるだけでソワールは一人ではない気がした。孤独ではなくなったのだ。
「そんな特別な魔法をかけてくれた本を譲ってくれた青年の名は驚くべきことに〝アヴェルス〟。運命だと思ったソワールは、あの青年のことを考えるうちに、いつしか彼に恋焦がれるようになった。十三年間密かに彼を想い続けている」
「僕のことを物語風に語るのはやめてくれないかい?。というか…絶対にアヴェルスに言わないでおくれよ?」
「なぜだい?。早く明かしてしまった方が楽だろうに」
「さっき気づいてもらえたら飛びあがるほど嬉しかっただろうけど、ただの再会では僕が片思いであることには変わりないだろう?。彼にも僕のことを好きになってもらわないと」
ビノーコロは「ほう?」と興味を持ったように、書斎机へと移動するソワールを目で追いながらベッドに腰かけた。
「彼の気を引く手をもう考えてあるのかい?」
「もちろん、十三年も時間があったんだ。とうの昔に考えておいたことだよ」
ソワールは引き出しから便箋を取り出すと、ビノーコロに掲げて見せた。
「そこで君にお願いがあるのだけど」
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