第12話 王弟の置かれている立場

 早速殿下に持って来るよう頼まれたという本のタイトルをビノーコロから聞いて、リストを見ながら該当する本を集める作業に取り掛かった。

 全て集め終えるまでにそう時間はかからなかった。階層に果てのない書庫だが、移動は梯子でも階段でもなく魔法だから苦労することはない。本のタイトルをリストから探し、見つけたタイトルと共に書かれた本棚の棚番号の階層へと移動していればそんなに時間のかかる仕事ではない。



「ではこれから殿下の元へ行って来ます」


「ああ、待ってくださいアヴェルスさん」



イスバートさんは慌てた様子でアヴェルスを引き留めた。



「既にお気づきかもしれませんが、書庫はビノーコロしか開けることが出来ません」



確かに昨日ここへやってきた時もビノーコロが扉を開けていたな。



「それから、中からしか扉を開けないようにしてあるんだよ」



魔法でしか開けないという屈強な管理をしていても、万が一にもビノーコロの後を番人でない誰かがつけて来ていて扉を開けた瞬間侵入されたら困るという理由から、書庫の内側からしか扉が開けないようにしてあるらしい。



「なぜ殿下はそんなにも厳重な管理をしているんだろう…」



本を大切にしたい気持ちはわかる。けれど、こんなにも素晴らしい場所をどうにかしてやろうと考える人たちがこの城にいるのだろうか。




― ― ― ― ―




「と、アヴェルスが疑問に思っているようだよ?」



 集めた本を持ってソワールの自室へ来ていたアヴェルスは、不意に現れた猫姿のビノーコロに先程疑問に思っていたことを話されてしまう。



「あのなぁビノーコロ、殿下に質問をするなんて失礼になるから」



 それになぜ心の内で考えていたことを知っているんだビノーコロは。

ソワールは読んでいた本を閉じながら「構わないよ」と視線をアヴェルスへ向けた。



「僕には敵が多くてね。その正体は未だわからないのだけど、何者かが僕に嫌がらせをしているようなんだ。その人物はきっと僕が笑うことや何かを手にしていることが許せないんだろうね。直接危害を加えられたことは今のところないけれど、大切にしているものを壊されたことは何度もある。だから本だけはどうしても守りたくてね」



悲し気に目を伏せ、辺りに積み上がった本を見回すソワールにアヴェルスは心を痛めた。



「そう…だったのですね」



国王陛下とはお年が離れていて陛下にはご子息が三人もいらっしゃる。覇権争いなのか派閥なのか、そこに何があるのか俺にはわからない。でも、ただ物語を愛する殿下が、必死で守らなければ本を失ってしまうような酷い状況に立たされていることに憤りを覚えた。そして、彼の力になりたいとも。



「殿下。私は書庫の番人として殿下の大切な本をしっかり守りますので、どうかご安心ください」



心優しいアヴェルスの言葉に、ソワールは思わず目を細め愛おしさの込められた眼差しを彼へと向けた。



「ありがとう、アヴェルス」



 一緒に書庫へと戻ってきたビノーコロは休憩だと言わんばかりに三人分のお茶とお菓子を用意し、イスバートからペンを取り上げて強制的にお茶会を始めた。



「仕事のし過ぎは体に悪いよ?、イスバート」


「はは、わかってはいるんですけどね。これがワーカーホリックというやつでしょうか」


「そんな君には角砂糖を三つ、いや四つ入れたミルクティーを。さあ、召し上がれ」


「ありがとうございます。丁度甘いものがほしかったところです」



ビノーコロが淹れてくれた紅茶はとても美味しくて、すぐに一杯目を飲み干してしまった。

 書庫の番人の仕事は、城で働く他の使用人たちとは異なりこうした自由な時間も多いそうで、そんな時は最近読んだ本の感想を話し合ったり、殿下が勧めてくれた本を読んだりしているらしい。



「今日は何の話をしましょうかね」


「アヴェルスが何か言いたさそうにしているから、そのことについて話そうか」



ビノーコロはなんでもお見通しらしい。正直に殿下について尋ねてみることにした。

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