第13話 書庫の番人になった経緯
「なぜ殿下には敵が多いのでしょうか。俺は世間知らずなのでわからないのですが、国王陛下との間に権力争いのようなものがあるのですか?」
イスバートは宙に浮かんだ皿からつまんだマドレーヌを一度手に持つソーサーの端に乗せ、俯きがちに呟いた。
「殿下と国王陛下はとても仲の良いご兄弟だったそうです」
「ではなぜ?」
「ある時から国王陛下が殿下を拒絶されるようになって…。それからは一度も陛下にお会い出来ていないと仰っていました。なぜか嫌われてしまったのだと辛そうに話されていました」
口を噤んだイスバートの代わりにビノーコロが明るく「複雑な兄弟仲になってしまったということさ」と淡々と告げた。
「オーブがソワールに嫌がらせをしているとは限らないけどね」
片目をつむったビノーコロにすかさず「失礼ですよ」と指摘するイスバートさん。魔法使いだから国王陛下のことを呼び捨てにするくらい許されると主張している。
というか、ビノーコロは一体何歳なんだ。俺よりも年下に見えるけど…
「ビノーコロはともかく、私は殿下の見方です」
咳払いをしてからそう告げたイスバートさんの言い方には明らかに棘があった。
「なんだいイスバート、ボクだってソワールのことを気に入ったから書庫の番人をやっているんだよ。裏切ったりしないさ」
魔法使いなんて信用できないといったような訝し気なじと目でビノーコロを見据えるイスバートを見て、アヴェルスは思わず笑ってしまう。
「お二人とも殿下のことを信頼されているんですね。お二人の話を聞くだけで、殿下が優しい方だということがわかります」
ビノーコロもイスバートも、微笑みながらアヴェルスに視線を向けた。
「書庫の番人として、俺も殿下の役に立てるように精進します」
そう熱く宣言したアヴェルスは、無意識に胸元の指輪を握りしめていた。
「あなたを書庫の番人にされたのは役に立ってほしいからではないと思いますが…」
呟いたイスバートの呟きは、熱い紅茶に舌を火傷し「あちち」と片目に涙を浮かべているアヴェルスの耳には聞こえなかった。
程よい温かさになった紅茶を一口飲んで落ち着いたアヴェルスは話題を変えた。
「そう言えば、お二人はどのような経緯で書庫の番人に?」
珈琲の入ったカップにビスケットを沈めていたビノーコロはぱっと明るい表情になり、「ボクが魔法使いだったからさ」と笑った。
「ソワールが十二くらいの時に出会ってね。ある夜勝手に部屋へ入ったら剣を向けられて驚いたよ」
「不審な人物が王弟である自分の部屋へ侵入して来たら武器を取るくらい当たり前でしょう?」
ビノーコロは剣を向け怯えているソワールに、魔法を見せたという。ピアノもないのにかろやかに奏でられるワルツの音に合わせ、彼の背丈ほどに積み重ねられた本が部屋のあちこちで浮かび上がり、ひとりでに踊り出す。そんな魔法を見せたらしい。
彼が魔法使いであることがわかると、殿下は剣を置いて彼を招き入れたらしい。
「ボクは本が読みたかった。だから本が沢山床に積まれている部屋へ入った。そうしたらそこに美しい緑色の目をしたソワールがいたのさ」
彼の話に疑問が浮かぶ。
「殿下は赤紫色の瞳をしているぞ?」
はは、と軽く笑って肩を竦めるビノーコロ。
「前にイスバートにも同じことを指摘されたよ。どうやらボクは赤色を認識できないみたいでね」
赤も緑に見えているということか。まるで本当に猫のようだな。
「王弟の部屋だか何だか知らないけれど、魔法使いのボクにそんなことは関係なかったからね」
「失礼にもほどがあります…」
何度聞いても失神しそうになる、とイスバートはため息を吐いた。ビノーコロは大丈夫かい?、と彼のカップにさらに角砂糖を追加しつつ話を続けた。
殿下は当時既に沢山の本を有していた。でも、どこにも保管できずに自室に積み上げていたらしい。それを見かねたビノーコロは書庫を作ることを提案したそうだ。
「本を読ませてくれた可愛らしい少年に、お礼としてちょっとした贈り物をと思ってね」
そんなことがあり魔法で構築された書庫が完成。そして行きたいところも行くべきところもなかったビノーコロは、ソワールに頼まれて第一の書庫の番人になることになったのだという。
「ここにいればずっと本を読んでいられるし、あの子はボクの魔法をこの書庫以外で利用しようとしなかった。だから居心地が良くてね」
魔法使いというだけでこれまで苦労が絶えなかったと言う。自分の言うことを聞かせようとする者や、化け物扱いする者、魔法の力を奪おうと命を狙う者までいたと話すビノーコロは、話の内容の割には楽し気に語っている。「ボクは魔法使いだから、何があっても問題はないのだけどね」と微笑んでいる。
「さて、ボクの話はこのくらいにして、次はイスバートの話を聞かせておくれよ」
気が進まないのか黙り込んでしまうイスバートに、彼にとって都合の悪い話題だったかと必死に話題を変えようするアヴェルスが何かを言おうとするよりも先にビノーコロが口を開いた。
「第一の書庫の番人だから当然だけれど、ボクは君の過去のひと欠片を知っている」
黙り込み手元の紅茶へと視線を落とすイスバートに、ホールのアップルパイにナイフを入れながら穏やかに語りかける。
「心苦しくなってしまうなら無理にとは言わないけれど、君自身の口から話すことで楽になることもあるんじゃないかい?」
観念したように大きく息を吐いたイスバートは、自身のぐるりと曲がった角に触れながら意を決したように口を開いた。
「私はこの国の外れにある森の奥深くで生まれた獣人でした」
ビノーコロが配膳してくれたアップルパイが皿に乗って自分の目の前に飛んでくると、イスバートは林檎とシナモンの甘い香りに頬を緩め、少しだけ穏やかになった表情で続けた。
「人間たちの世界があることは話に聞いて知っていましたが、種の異なる彼らとは交わることなく、仲間の獣人たちと静かに暮らしていました」
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