第24話 書庫へ誘われる王子

――アヴェルスが便箋に疑問を綴るのと同時刻。


 今日あった出来事を嬉しそうにビノーコロへ語るソワール。正直ビノーコロとしてはアヴェルスからも同じような内容を聞かされていいたのでお腹がいっぱいだったが、聞いてやることにした。彼にはこんな話を気軽に出来る人がいないのだから。早くアヴェルスと上手くいくといいのだが。

 一方的に語り尽くしたソワールは満足したのか、今度はビノーコロそっちのけで買ったばかりの本を読むのに夢中になった。

 話をするだけして自分を構ってくれなくなってしまったソワールの部屋にいるのに飽きたビノーコロは、猫に姿を変えて彼に背を向け扉の方へ小さな足を動かした。



「書庫へ戻るのかな」


「いいや?、シュエット王子のところへ」



余程シュエットのことが気に入ったらしい。



「そうだ。あの子、僕が忍ばせたあの本もう読んだかな?」


「どうかニャ。勉学に夢中で、まだあの本が混ざっていることにすら気がついていないかもしれないニャあ」


「もしあの本を読んで物語を気に入るようだったら、あの子が書庫へ入ることを許可する。君の退屈凌ぎに丁度いいだろう?」



了承したビノーコロは、夜の静かな廊下をもふもふと歩きシュエットの部屋へ訪れた。

 もう夜遅いというのに勉学に勤しむ彼の姿を見て、ビノーコロは机によじ登り積み上がった本をわざと倒してみた。



「嗚呼、叔父様の本が…って、あれ?。ビノーコロじゃないですか?。どうしたんです、こんな夜更けに」



猫の存在に気がついたシュエットは、そう尋ねながらふさふさの毛を生やした首を優しく撫でてやった。



「悪戯したらだめですよ、叔父様が大切にされている本なのですから」



そう言って再び本を積み上げようとしたシュエットは、叔父の猫が前足を退けない本のタイトルに目を留めた。



「これは…物語?」



かつてのソワールのようにシュエットもこれまで物語を描いた本を読んだことがなかった。



「きっと叔父様が気を利かせてくださったのですね」



物語というものがどんなものであるか、何かを知りたい気持ちの強いシュエットは叔父の厚意に甘えてその本を読ませてもらうことにした。

 勉強の息抜きに少しだけと思って読み始めたそれをあっという間に読み終えたシュエットは、今まで感じたことのない一旅終えたような心地よい疲労感に浸っていた。

 満足げにベッド横のサイドテーブルに読み終えた本を置いて就寝しようとしたシュエットを見て、ベッドでまるまっていた猫がむくりと立ち上がりサイドテーブルに置かれた本をくわえて部屋を出てしまう。



「待ってくださいビノーコロ」



悪戯っ子な緑色の猫を追いかけて、シュエットは寝間着姿のまま甲冑が睨んでくる夜の廊下を走り抜けた。

 気がついた時には大きな扉の前に立っていて、追いかけていたはずの猫もどこにも見当たらない。



「ここはどこでしょう」


「ソワールの書庫さ」



扉の向こうから声が聞こえた。



「叔父様の?」


「この中で知り得たことは誰にも話してはいけないよ。いいかい?」


「はい」



寝間着姿のまま威勢よく返事をするシュエットを思い浮かべくすりと笑ったビノーコロは、書庫の中から扉を開けてやる。



「ここが叔父様の書庫…」



異世界のような光景に恍惚とした表情をしているシュエットの足元に擦り寄る猫。



「こらビノーコロ、悪い子ですね」



猫を抱き上げてそう叱りつけるシュエットだったが、彼の手は抱えた猫を優しく撫でていた。



「さっきの声、誰だったのでしょう。叔父様に使用人はいないはず。ならば、この書庫そのものの声でしょうか」



書庫そのものが意思を持っていると考えた彼は、挨拶もしていないことに気がつき慌ててあちこちへ頭を下げた。どうやら、先の声がたった今抱えている猫のものだとは微塵も思っていない様子だ。

 すっかり目が冴えてしまったシュエットはせっかくだからもう一冊読んでから自室へ戻ろうと考え、月光に照らされる噴水の横を通り過ぎ、一階の本棚を吟味する。

 ふと目に留まったのは下段にある古びた本だった。自分の後をついてくる猫と同じ色の装丁そうていがされたそれは、著者が記されていなかった。

 興味を引かれたシュエットはそれを棚から抜き取り、本棚を背にその場へ腰を下ろした。二階の廊下の真下だったので暗かったが、この円柱型の書庫を照らすどこから差し込んでいるのかわからない月光のおかげで文字を読むことくらいは出来た。

 その本のタイトルにはこうあった。

 『ギフト』

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