第25話 ギフト

 意識というものを持った時、両手両足に枷をはめられていた。前のやつも後ろのやつも同じように拘束されていて、鎖で繋がれたみんなは列になって洞窟を歩いていた。列の先頭は、黒装束の者の後について歩いているらしい。どうやらどこかへと連れていかれているようだった。



「ここだ。入れ」



歯向かうことを許されない立場であることが、この頑丈な枷と鎖でわかる。抵抗せず中へ入ると、そこには広々とした真っ白な空間が広がっていて、他には赤い扉がひとつぽつんとあるだけだった。

 どこから来たのか、なぜここにいるのか、己について何もわからなかったから、己のことについて理解するよりも先に置かれている状況の把握を優先した。

 同じ状況に置かれた歳の近しい子どもが、見回したところ百人はいるだろうか。みんなも同様に、何もわからずそこに立っているようだった。

 そんなことをぼんやり考えていると、突如現れた黒装束の者たちがみんなの枷を外した。枷が外された途端、魔力がみなぎってくるのがわかる。これを抑えるためにあの枷をはめられていたのかもしれない。



「生き残った一人だけが、あの扉の向こうへ行ける」



それだけ言い放つと黒装束の者たちは、今歩いて来た洞窟のような不気味な道と一緒に消えた。

 閉鎖空間に閉じ込められたことに気がついて、念のため赤い扉が開かないか確かめる。



「本当に開かない…」



生き残った一人だけがこの扉の向こうへ行けるということは、その一人以外は死ぬということだ。

 最初に与えられた自由は、どうやら魔力を抑えていた枷を外してもらえたことではないらしい。

 突如聞こえた悲鳴、そして白い床にべちゃりと倒れた血まみれの子ども。ひとつの屍が転がり、床に赤が広がったことで他の子どもたちも殺し合いを始めた。

 生きるか死ぬかを選択することが、最初に与えられた自由のようだ。

 そんなことを悠長に考えていると、こちらにも攻撃が飛んで来た。頬が切れたらしい、触れると赤色が指先を濡らした。

 生きたい。

 自分の血を見て瞬時にそう思った。

 戦いながら不思議に思ったのは、誰の攻撃も目に見えないことだった。みんな同様、魔力を使って攻撃をしているようだった。厄介なのは、見えない攻撃は防ぐことが出来ないということ。



「それなら…」



相手が攻撃するよりも前に攻撃すればいい。

 数分と経たないうちに、目の前には屍の山が聳え立ち、床には赤色の泉が出来ていた。

 ぺちゃぺちゃと泉を裸足で歩き、扉の前に立つ。ドアノブに手を伸ばせば、手が血まみれなことに気がつく。赤い扉よりも赤い、自分の手。払っても拭っても消えない赤。

 恐ろしかった。醜い赤を生んだ、自分が。

 扉は嘘のように簡単に開いた。



「魔法使いのみなさま、ご覧くださいッ。彼が今年の生き残りですッ」



扉を開けた先では、数多の目がこちらを見ている。歓声をあげながらこちらを見て騒いでいる黒装束の者たちが、沢山の目を持った一匹の怪物に見えた。

 感極まる黒装束の魔法使いたちに、血まみれの自分は笑顔で迎え入れられた。



「新入りの魔法使いよ。さあ、お前の魔法の色をお選び?」



 初老の魔法使いは、色の異なる花々を見せた。

 初めて与えられた自由は、あの閉鎖空間で生きるか死ぬかを選ぶこと。そして二度目に与えられた自由は、魔力の色か。

 数多の色の花が彼女と自分の間に群衆で咲き乱れていたけれど、赤色の花が一輪も見当たらない。そのことに安堵していた。戦いの最中あちこちへ飛び散り容赦なく吹きかかってくる赤に嫌悪感があったから。

 どの色にしようかと迷っていると、ふと隣で魔法の色を選ぶのを見物していた若い魔法使いの耳飾りに目が留まる。



「それは何色?」



耳飾りを指さし尋ねると、彼は親切にも耳からそれを外して見せてくれた。



「緑色だ」



血の赤とは違って、綺麗な色だ。



「では緑色がいい」



すると緑色の光が近づいて来て、全身を覆われた。黒装束の老婆に促されて魔法を使うと、どんな魔法を使う時にも美しい緑色が伴った。



「よし。次はお前に名前をやろう」



もらった名前、それはギフトだった。

 それから色々な手続きのようなものがあって、疲労感がじんわりと足先まで感じられた。



「最後に、あたしたちにとびきりの魔法を見せておくれ」



期待に目を輝かせる一匹の怪物を、余すことなく皆殺しにした。

 自分と同じようにして生まれた魔法使いたち。

 血にまみれて生き残ったことに何も感じていない魔法使いたち。

 またいつか自分と同じように手を血まみれにしてあの赤い扉を開ける子どもがいることを、何とも思っていない魔法使いたち。

 そんな生き物は滅びてしまえ。



「どうかな、この魔法」



 もう二度と魔法使いが誕生しないように、最後の魔法使いになることを決めた。






― ― ― ― ―






「まるで蟲毒ですね…」



魔法使いたちがこうして魔法使いになっていくと考えると、歴史書に時々逸話として書かれる夢溢れるような存在とは思えなくなってしまった。

 最後のページを捲ったシュエットは、綴られている短文を口に出して読み上げた。


『この話を読むのは生涯君が最初で最後だよ』


物語の続きのようにも思えたけれど、あとがきとも取れる。どちらだとしても、妙な文言だ。

 本を閉じた途端、本が緑色の光に包まれた。あまりの眩しさに目を細めたが、発光したのはほんの僅かな時間だった。奇妙に思いながら何となく再び本を開いてみたが、全てのページが白紙になっていた。

 物語の最後に綴られていたあの言葉、「君」というのは烏滸がましいかもしれないけれど私のことなのかもしれない。



「……忘れません」



自然に出た言葉だった。

 風変わりな本を読み終え、さらに不思議な光景まで目にしたシュエットは、しばらくの間放心していた。

 ひとつ深呼吸をすると、ギフトのことを考えた。

 生きたいと、死より生を望み選んだギフトは、白い閉鎖空間へ閉じ込められた同じ境遇の者を生き残るために全員を殺めた。これは私の憶測になってしまうけれど、ギフトは手をかけるという行為と沢山の血を浴びたショックで、赤色を認識出来なくなってしまったのではないだろうか。

 ギフトが数多の色を提示された時、赤色はあったのではないかと思う。色の名前を挙げろと言われた時、赤色は直ぐに挙がる色だ。そんな色を提示しないというのは少し妙だ。ギフトに見えていなかったと考える方が自然な気がする。



「ギフトの魔法の色はどんな緑色なのでしょうね。君のような美しい緑色なのでしょうか」



そう呟いて、まんまるな瞳でこちらを見上げる猫を撫でたシュエットは、大きな欠伸をした。



「そろそろ戻らないといけませんね」



シュエットが書庫を出ると、気がつけば自室へ前に立っていた。

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