第15話 恐れ
ある日、リアンの母親が殺されているのが森の中で発見された。
人間たちはある者たちの悪意ある噂を信じ、彼女の死が獣人の仕業だと森を恐れ立ち入らなくなったが、彼女を殺したのはその噂を流した三人組の猟師たちだった。
獣を狩るのに飽きを感じ始めていたその猟師たちは、育ち盛りの息子のためにより多くの山菜をと必死に地面を見つめているリアンの母親を的にしたのだ。
そして、それを獣人たちは目撃していた。獣人たちはみな、その三人組の猟師を恐れた。彼らは同じ人間であっても殺すのだ。獣人である自分たちがみつかってしまった日には、間違いなく標的にされるだろうと考えたのだ。
自分たちにも被害が出るかもしれないと考えた獣人たちは、その猟師たちから逃げるように定住を諦めた。
しかし間の悪いことに、母親の訃報を一早く伝えようとリアンを探してあの川辺に向かったイヴェールが、一瞬だったがその猟師たちに姿を見られてしまったのだ。
獣人という生き物の存在を知った猟師たちはそれから森中を探し回り、どこまでも獣人たちを追った。
ついに獣人に被害が出始めると、獣人たちはかつての心優しい穏やかな性格の彼らではなくなってしまった。彼らは恐怖に心を蝕まれ、段々とその猟師たちだけではなく人間そのものを憎むようになっていった。
「今日もあいつがやられたらしい」
「うちの子はもう戻ってこないのね」
見たこともない怒気を滲ませた者、悲痛な叫びを上げ咽び泣いている者、優しく穏やかであった彼らはついに獣人の命を狙う人間と戦うことを選んだ。
それからというもの獣人たちは結束して、獣人を狩ろうと新たに森へ足を踏み入れた猟師も、山へ迷い込んだ善良な人間も、人間であれば見境なく殺した。獣人を恐れていた人間たちもそのような恐れるべき危険な存在を根絶やしにしようと立ち上がった。
― ― ― ― ―
森で獣人狩りをする人間たちに殺されることなく生き伸びていたイヴェールは、青年と呼べる年頃にまで成長していた。それほど長い間、人間と獣人の戦いは続いていたのだ。
イヴェールは大切な仲間を守るために獣人兵の一人となっていた。
しかし彼は他の獣人兵とは異なり、見境なく人間を殺すことはしなかった。人間が獣人を恐れるようになったのも、獣人が人間を恐れるようになったのも、全ての発端はリアンの母親を殺した猟師たちだとわかっていたからだ。
人間たちが自分たち獣人を襲うのは、自分たちが仲間を守るのと同じように大切な人を守るため。危険だと感じた脅威を排除しようとしているだけだと理解していた。獣人と変わらぬ動機で戦っているそんな人間たちを、例え仲間を守るためであっても殺すことなど彼には出来なかった。
イヴェールは仲間である獣人にも、今では敵となってしまった人間にも気づかれぬように、戦いの最中仲間が人間を殺さぬように、人間が仲間によって殺されぬように密かに暗躍していた。
森での人間と獣人の戦いが過酷を極めていく中、イヴェールは被害を出さないよう一人戦いながらあの三人の猟師を血眼になって探していた。自分の愛した穏やかな森も、仲間も、リアンの母親も夢も全て奪った奴らだから。
人間が懲りずに襲撃をしかけてきたある夜、いつものようにどちらにも被害が出ぬよう森の中を駆け回っていたイヴェールはついに例の猟師たちを見つけた。
「人間対獣人の図ねこれは。今すぐにここへ画家を呼んで絵を描かせた方がいいわ。傑作が完成すると思いませんこと?、レザール」
森の中でも身を隠そうとしない派手な色のドレスの女。よっぽど自分の腕に自信があるのだろう。その手には猟銃が握られている。
「あ、相変わらずいい性格してますよね。いつか刺されますよロテュスさんは」
少し腰を引いて辺りを警戒している猫背の男、一見無害そうに見えるがその男の手には血が滴る斧が握られている。
「あたしなら刺される前に撃ちますわ」
「あんたのそうとこ好きですよ」
女の影で見えなかったが、少年とも少女ともつかない子どももいる。仲間の屍を引きずっているその子どもは猟奇的な目をしていた。
イヴェールが最も憎んでいる連中はなぜかまだ仲間の獣人兵に殺されることもなく、人間たちにその悪事を知られ罪を償わされることもなく、のうのうと生きていた。
「どさくさに紛れて何人かやっちゃいます?」
「私もそう思っていたところです。まずはどちらにします?、獣人か、あるいは人間か」
女はそう問いながら、猟奇的な笑みを浮かべていた。
「あの時女を的にしようって言われた時は、その、驚きましたけどね」
「ウサギよりは長く逃げてくれたので、的としてはまあまあ楽しめましたよ」
「急所をわざと外すなんて、ロテュスさんってば悪人~」
残忍な笑みを浮かべるこいつらがリアンの母親の仇だと確信する。イヴェールは彼らの息の根を止めようと、心を殺した目をして茂みから飛び出そうとした。
しかしその時、傍の茂みから懐かしい気配を感じて咄嗟にそちらへ飛びつく。
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