第29話 からかうように 

 自分の気持ちに気がついたはいいものの、身分違いの恋だとわかっていた。このままこの想いは秘めたままにしようと自分に言い聞かせるアヴェルス。でも他の人間に彼を奪われてしまうのを想像すると、頭をかきむしった。



「あ、あの大丈夫ですか」



心配そうにアヴェルスの様子を伺うのは、彼と同じくソワールの自室へと向かっていたシュエットだった。



「申し訳ありません。何でもないんです」


「そうでしたか。ところで、その本を叔父様のお部屋へ?」



殿下のことを叔父様と呼ぶと言うことはこの方は…



「た大変失礼いたしました。心配してくださった王子様に対して何でもないですなんて素っ気ない態度を…俺の馬鹿ッ」



悶絶するアヴェルスを見て微笑うシュエット。我に返ったアヴェルスは恥ずかしそうに名乗った。



「申し遅れました。アヴェルスといいます」


「シュエットです。私も叔父様にお貸しいただいた本を返しに行くところなので一緒に向かいましょう」



 ガサゴソと忙しなく何か作業をしているソワールが振り向くと、シュエットは目をきらきらさせながら本を返した。



「その様子だと、『妖精の片翼になって』を読んだんだね?」



 ソワールがシュエットに貸した本は、夫に従い、立派に息子と娘を育て上げた一人の淑やかな女性の物語だった。

 不治の病に罹ってしまった彼女は最期に、妖精を一目見るという長年の夢を叶えるために、家族に助けられながらやっとの思いで妖精がいるという地へやって来た。

 もう眠っている時間の方が長くなってしまった彼女を見かねて、夫は蜻蛉を一匹掴まえてその羽を片方だけ毟り彼女に妖精の羽だと言って見せた。しかし彼女の前には、夫の肩にとまる片翼の妖精が見えていた。泣いている妖精に、事情を察した彼女は美しい羽を奪ってしまった代わりに自分の命を捧げると告げた。

 そうして命を落とした彼女の手には妖精の羽、そして片翼の妖精は彼女の命で作った新たな羽で飛び立っていった。



「彼女の夢は叶うどころか、妖精の一部として生きていくことが出来た。けれどそれを家族の誰も知ることが出来なかった。喜劇なのか悲劇なのか、複雑な気持ちにさせられた。物語とは、素晴らしいものですね。この本を読まなければ、あんな複雑な感情が僕にあったとことを知ることはなかったでしょう」



興奮した様子で借りた本の感想を一通り語ったシュエットだったが、書庫で読んだあの『ギフト』については何も語らなかった。



「気に入ったのなら私の書庫へ自由に出入りしていいよ。書庫へ行く際にはこの男について行くんだよ」



ソワールのベッドに腰かけていたビノーコロはシュエットの目睫の間に迫る。驚いて数歩退いたシュエットに、残念そうな表情を浮かべる。



「いつもなら優しく頭を撫でてくれるのに、今日はお預けかい?」



何を言っているんだこの人はというあからさまに怪訝そうに眉をしかめたシュエットをからかうように、ビノーコロは彼の目の前で姿を変え猫の姿のまま人の言葉を発してみせる。

 驚きのあまり口を魚のようにパクパクと動かしているシュエットを見て、笑いを堪えながらソワールが説明をしてやる。



「ビノーコロは魔法使いなんだよ。猫は仮の姿なのさ」



魔法使いと聞いて昨夜読んだギフトのことを思い出したシュエットは、小さく呟いた。



「魔法使い…ですか」



その目には悲しみが滲んでいる。

 もっとはしゃぐと思っていたソワールは拍子抜けと言わんばかりに、作業へ戻った。

 そんなシュエットが退室すると、アヴェルスは本を机に置いてからソワールに尋ねた。



「お探し物ですか?」


「うん。それより、丁度いいところに来た」



何冊かの本を抱えたソワールはアヴェルスを肩越しに振り返った。



「ねえ、アヴェルス。パーティーに興味はある?」

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