第31話 二つの参加条件を満たして
三人の書庫の番人は日が暮れるまでに全ての仕事を終わらせ、ソワールに頼まれていた十二冊の本を書庫から持ち出すと城の裏手へと向かった。
そこには手配された馬車があり、先に乗っていた殿下がこちらに手を振っている。
「こっちだよ。乗って」
物珍しそうに馬車へ飛び込みソワールの向かいに腰かけたビノーコロ、恭しく頭を屈めて乗り込みソワールの隣に腰かけたイスバート。最後に本を落とさぬよう慎重に乗り込んだアヴェルスがビノーコロの隣に座った。四人の乗った小さな馬車は早速動き出した。
「頼んだ本は持って来てくれたようだね」
「はい」
アヴェルスが十二冊の本を渡すと、ソワールは書庫の番人一人一人に三冊ずつ手渡した。
「一人三冊の本を持ち寄ること。これで参加条件のひとつは満たしたね」
微笑むソワールに慌ててイスバートが尋ねる。
「よろしいのですか?」
「うん。これらの本は全て内容を暗記しているし、また手元に置いておきたいと思えば、また買い揃えることが出来る割と新しいものだからね」
あとはとビノーコロに視線をやったソワール。
「ん?、ボクの出番ってわけだね。わかったよ」
軽く動かした人さし指の先から緑色の光が紡がれ、光に目を釘付けにする三人をみるみるうちに包み込んだ。
「凄い、あっという間に着替えが終わってる」
ソワールは胸元に大きなフリルのついたシャツに黒のパンタロンで、街で見かける育ちのいい青年のような出で立ちだった。両目を隠す蝶のような形をした赤い仮面のおかげで、王弟であることはわからないだろう。
「我ながらいい装いを思いついたと思う。特に見ておくれよ、この緑色の蝶の仮面を」
「ビノーコロ、これは赤です」
指摘したイスバートは、瞳と同じ濃紺色のスーツ姿だった。右目を隠す仮面は白薔薇のような純白で、よくよくみると仮面の縁には少しだけ暗い白色で細かな蔦植物が描かれていた。
「昨日読んでいた物語の登場人物に影響されたのさ。しかしまずいね、こんなにも美しい長髪の紳士がいては、参加者女性は読書感想会どころではなくなってしまうだろう」
「それよりも角が丸見えなのですが…」
「仮面読書感想会だよ?。角は仮面と同様飾りだと思われるさ。堂々としていれば獣人だとはまず思われないだろうね」
いつもマントを纏っている彼の印象を大きく変えた一着に感心しているアヴェルスは、ソワールと色違いの格好だった。茶色いパンタロンに、黒いフリルシャツ。黒地のシャツの上には、首から下げている指輪の赤が映えた。左目を隠す仮面は翼のような形をしていて、烏の羽のように見る角度によっては七色に黒光りした。
「うんうん思った通り。アヴェルスには黒が似合うね」
夜空色を好む彼は暗い色を基調とした服装を気に入り、ビノーコロにお礼を言おうと彼に視線を向けた。
「ありがとうって…ビノーコロはいつもの格好のままなんだな」
人の姿の時はいつもこの淡いエメラルドグリーンのスリーピーススーツだが、今日は白い蝶ネクタイも身に着けていた。
「気に入りのものだからね。それに主に変装が必要なのはソワールとイスバートだ。ボクたちに着替えは必要ないけれど、パーティーだから君には特別にね」
そう言って、深緑色で猫の顔のような形をした仮面で両目を隠した。
「これで二つ目の条件も満たした」
本を胸に抱えはしゃぎながら言うソワールに、イスバートは窓外を警戒しながら尋ねた。
「その仮面読書感想会というのはどこで催されるのですか」
「郊外にある屋敷だよ」
彼を気遣ってそれ以上の詳細を語らないソワールを見て、ビノーコロが代わりに口を開いた。
「獣人が住むと恐れられた森の傍に建つ屋敷だから、仮面読書感想会への参加を目的としている者以外は近寄らないはずさ。ソワールの身を案じるのはわかるけれどね」
「わかっていませんよ。殿下を狙う輩は、城で国王陛下の目の届くところに殿下がおられるから直接手を出してこないだけ。今日のようにお出かけになっていると知れば、好都合だと何か仕掛けて来るかもしれません。今も尾行されているかもしれませんが、ご安心ください殿下。これでも元獣人兵ですから」
今にも牙を剥きそうな険しい表情で否定するイスバートに、「おー怖い怖い」とビノーコロはおどけてみせた。そんな二人を見て、ソワールは静かに告げた。
「僕は書庫が守られていればそれでいい。ビノーコロ、それは大丈夫だよね?」
「ボクの魔法を疑うのかい?」
魔法で書庫は絶対的に守られているのだろう。ビノーコロは自信たっぷりな笑みを浮かべた。
殿下が嫌がらせを受けているのは二人から聞いたけれど、命までをも狙われているのだろうか。
「僕の身を案じてくれてありがとうイスバート。だけど、自分の身は自分で守るよ」
そう言ってベルトについた鞘に収まった短剣を見せて片目をつぶって見せた。
「そう言われましても…」
「なら念のためイスバートには護衛を頼むとするよ。そうじゃないとパーティーの間、君の心臓が持たなそうだ」
苦笑するソワールはビノーコロにも「君には引き続き書庫を頼んだよ」と告げた。
三人の会話に入れず肩身を狭そうにしていたアヴェルスを見て、ソワールは優しく目を細めた。
「アヴェルスは僕のエスコートをお願い出来るかな?」
咽るイスバートと口笛を鳴らすビノーコロの反応はよくわからないが、役に立てることが自分にもあるとアヴェルスは喜んで引き受けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます