第34話 アヴェルスを助けて

 サンピティエは差出人であるソワールを探した。

 気に入りの使用人が連れていかれてしまったというのに、追いかけて来ないのは意外だった。まあ、好都合か。



「偽物のムーシカ様」



わざとそう声をかけると、ソワール様は顔を歪めた。仮面をつけていても想像出来る。驚きと悲しみ、嫌悪が入り混じったような表情をしているのが。



「あなたにお会いしたいという方がいらっしゃいまして。ついて来ていただけますか」


「…いいでしょう」



素直についてくるのを確認すると、サンピティエは浮足立った。あのアヴェルスという男には毒を盛っておいた。ソワール様をお連れする頃にはきっともう



「手紙の方、この方が偽物のムーシカです」



毒が効き始める頃合いだ。何の罪のないアヴェルスさんには悪いが、ソワール様を苦しめるために死んでもらわねば。



「え?」



驚きを口にしたアヴェルスは刹那、身体を仰け反って苦しみ出した。

 サンピティエがソワールの仮面を剥ぐと、血の気の引いた表情をしていた。それを見て彼は堪らなくなる。もっと苦しめばいい。この国に王弟などいらない。

 仮面などどうでもよかったソワールは、すぐにアヴェルスへと駆け寄った。涙交じりの声で何度も名を呼ぶが、アヴェルスは苦しそうに呻くだけだ。



「その男」



そんなアヴェルスに動揺するソワールの耳元でサンピティエは嗤いながら囁く。



「あなたの大切なでしょう?」



ソファの背にもたれに力なくもたれかかり、微動だにしなくなってしまったアヴェルスの肩を、涙を拭うことも忘れて激しく揺する。



「アヴェルスッ、ねえアヴェルスッ」



その様子を滑稽だと言わんばかりにワインの入ったグラスに口をつけながら、見下ろすサンピティエ。



「なぜ僕に直接手出ししないんだッ。それに彼はものなんかじゃないッ」



食ってかかって来ようとするソワールに、飲みかけのワインをかける。

 葡萄の豊潤な香り広がる床にへたり込んだソワールに、目線を合わせるように屈んだ彼は機嫌よさそうに問う。



「これまであなたの命を奪わず大切にしているものばかりを壊してきたのがなぜかわかりますか?」



答えさせるつもりはないようで、彼は間髪入れずに続けた。



「無論貴方を消したい気持ちはありますがね、そんなことをしたら私の首は断頭台の土埃の上で飛び跳ねることになるでしょう」



こんな風に、と毒の入っていた瓶を床に落としてみせた。床に当たりカランッと飛び跳ねた瓶は、静かに床を転がった。

 ソワールは参加者たちに助けを求めようとするが、他の参加者はそれぞれに出来たコミュニティーでの感想会に夢中で、今ここで起こっている異常に気がついていない。

 近くにいたメイドに助けを求めようとするも「無駄ですよ」と嘲笑われた。どうやらこの仮面読書感想会の主催者とサンピティエは繋がっているらしい。メイドたちも彼の成すことには何も口出ししないよう躾られているようだ。

 動かなくなったアヴェルスを見てパニックに陥ったソワールは魔法使いの名前を叫んだ。



「ビノーコロッ」



 彼の悲痛な叫び声に一早く気がついたイスバートも、絡みついてなかなか腕から離れてくれない女性参加者を無理やりかき分けてすぐにソワールの元へ駆けつけた。

 会場中に響き渡る大声で叫ぶソワールに、参加者たちもやっと「何事か」と注目し始めた。

 誰であってもただ事ではないとわかる叫び声で自分の名を呼んでいるのが聞こえているだろうに、あろうことか呑気にティラミス片手にやって来たビノーコロ。そんなことには構わずに、ソワールは必死で訴えかける。



「アヴェルスを助けてッ」



先ほどから何の反応もないアヴェルスの胸に泣き崩れるソワールの肩に優しく手を触れるイスバートもビノーコロを見上げた。しかし



「お断りするよ」


「なぜですッ」



責めるように詰め寄るイスバートと絶望するソワールを、サンピティエは嗤って見下した。



「助かるわけがないだろう。猛毒を盛ったのですから」



一口ティラミスを口へ運んだビノーコロは、隙だらけのサンピティエの仮面をひょいと取ると飄々と告げた。



「飲んでいないよ。これは全てお芝居さ」



油断した、と苦虫を噛み潰したような表情を見せたサンピティエの顔はほぼ全ての参加者に見られたことだろう。それこそがビノーコロと、の狙いだった。

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